第12話
王家主催の夜会当日。セイラは両親とともに参加した。
ロベルトからの手紙の内容を両親にも見せ、なるべくセイラは一人にならないようにした。
会場に着くと思った通り、刺すような視線を感じる。
あちこちから聞こえる声がセイラを締め上げてくる。
耳に入る言葉のほとんどがセイラを非難するようなもので、彼女を擁護するような声は聞こえてこない。
「これほどとは・・・」父であるルドー侯爵も眉間にしわを寄せる。
「セイラ、王族へのご挨拶が済んだら早々に引き上げましょう。今更声をかける人もいないのだから」
母もセイラを気遣い声をかける。
「そうね。私は場違いみたいだわ。早く帰った方が良いかもしれないわね」
なるべく人目につかないよう、隅の方で隠れるように立っていても視線は逃がしてはくれない。どこに行っても何をしても、絡みつく視線から逃れることはできなかった。
扇子の陰から聞こえてくる声は、セイラの心をえぐるには十分だった。
事実ではないことが一人歩きし、それを否定することすら許されない。
セイラの存在すらも否定するような言葉に、めまいすら感じる。
しかし、侯爵令嬢としての矜持が逃げることを許さなかった。
それに今、彼女は一人ではなかった。信じて待っていてほしいと言ってくれたロベルトが彼女の支えになり、その想いこそが彼女を花開かせる。
その晩、両親や従姉妹たちから守られるように無事夜会を過ごし、少し早めではあるが引き上げようと馬車へ向かう途中、
「セイラ」
と、背中から声をかけられる。
聞き覚えのある声に、足が止まりゆっくり振り返ると、かつての婚約者レインハルドがそこにいた。
「セイラ、久しぶりだね。社交の場に出てこないから心配していたけど、思ったより元気そうで安心したよ」
昔のように優しい笑顔を浮かべセイラの元へ近づいてくる。
一緒にいてくれた従姉妹が二人の間に入り
「ミラー侯爵ご子息様、セイラはもはやあなた様の婚約者ではございません。
今更何の御用でしょう?それに、婚約者でもない令嬢を呼び捨てにするなど、何を考えておられるのです?」
レインハルドは、はっ!と気が付いたように
「つい昔の癖で大変失礼しました。セイラ嬢、できれば少し話ができないだろうか?」
「ですから、今更何の話ですか?これ以上セイラを傷つけるような真似はおよしになってくださいまし」
「私はそんなつもりでは決してなくて・・・あの時は突然のことで何の話も出来なかった。
情けない話だが、私はあなたに何の謝罪もできていない。ルドー侯爵に面会を願っても断られてばかりで。そのことがずっと心に残っているんだ」
そう言ってレインハルドは俯いた。
「そんな・・・」尚もセイラを守ろうとしてくれる従姉妹を手で制して、
「私なら大丈夫。少しだけ話をしてきてもいいかしら?」
視線を従姉妹に向け、小さくうなずくと
「わかったわ。でも、私の視界の範囲にいて頂戴。それが可能な譲歩よ」
ありがとうと告げ、レインハルドと少し距離を取りながら玄関ホールを抜け庭園へと歩を進める。
噴水の近くまで来て振り向くと従姉妹の姿が見える、彼女に手を振るとこくりと頷いてくれた。
ここなら彼女からも見え、噴水の水音で声も聞こえない。
「突然すまなかった。君の姿を見たら堪らず声をかけてしまって。迷惑だったね」
「まさかお声をかけていただくとは思っておりませんでしたので、少し驚いただけです。レインハルド様もお変わりないようで安心しました」
「ん?そうかな。そう見えるなら良かった」
「何かあったのですか?」
含みを持たせた物言いに問いかければ
「あの後、色々あってね。もちろん自分でしたことだから、どんなことも受け入れるつもりだけど。少しね・・・」
色々あるのは仕方ないことだと思う、現にセイラ自身にも色々とあったのだから。
「アローラは変わりありませんか?彼女とも連絡を取っていないものですから」
「ああ・・・」
レインハルドの様子が一変する。顔つきもきつく、言いよどむ声も低く暗いものに変わる。
「まさか、具合でも?今日は一緒ではないのですか?」
「うん?具合は悪くないと思うよ。今日は来ているようだが、一緒ではないんだ。
まだ婚約を結んでもいないから、エスコートするにはちょっとね」
「私が言うことではないと思いますが、お二人はご婚約はされないのですか?
その、なぜか私のせいでお二人が一緒になれないという噂があるようで・・・」
「そうか、さすがに君の耳にも入っているよね。そうだよね」
段々と歯切れの悪い物言いに変わり、レインハルドの視線が宙に浮く。
「そのことも含めてセイラ嬢には謝らなければならないんだ」
「そのこと、ですか?」
「実は・・・」
一瞬の間を含んだ後、思い切ったように話し出すレインハルドから、思いもよらない言葉が飛び出した。
「実は、あの噂を流したのはアローラなんだ」
「え?アローラが?」
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