和気あいあいの食卓

 今日は十二月二十五日。

 まもなく一年の終わりを告げる今日は聖夜の日と呼ばれていて、家族や友人たちと食卓を囲み、おいしい料理を食べる文化らしい。


 レラとして生きていた時代はなかったから三百年という時間は大きいと思う。


「おいしそうな匂いだね。何を作ってるんだい?」

「大師匠様。今はコーンポタージュ作ってるんです」


 キッチンにやって来たのは大師匠様ことランヴァルド様で、私がかき混ぜている鍋の中身を眺める。


「コーンポタージュか。それはおいしそうだね」

「もうすぐできあがるので待っててください」

「楽しみにしているよ。ディートハルトは? 何を作ってるんだい?」

「グラタンを作ってます。師匠、作らない人がうろつくのはやめてほしい。はっきり言って邪魔です」

「こっちもおいしそうだ。お前の作る料理はなんでもおいしいからね。楽しみにしているよ」


 師匠の冷たい言葉を見事にスルーして大師匠様がのほほんと告げる。

 師匠の青紫の瞳が鋭くなるけど大師匠様はどこ吹く風だ。すごい、大師匠様。私も見習いたいのであとでこっそりと聞こう。


「シルヴィア、何か企んでないか?」

「滅相もないよ」


 しかし、そう計画したのも束の間。師匠が何かを感じ取ったのか私を見て尋ねるので即否定する。

 うん、やめておこう。私にはあの鋭い目を躱すのは無理だ。


「お友達はもうすぐかい?」

「そうですね。ケーキとチキンを買ってこっちに来る予定なので」

「そうかい。それにしても、本当に僕も参加してよかったのかい?」


 大師匠様が首を傾げながらそんなことを言う。そんなのに、いいに決まってる。


「何言ってるんですか! 大師匠様も来ていいに決まってるじゃないですか。多い方が楽しいんですから!」

「お話しは聞いていたけど、僕は彼らと会うのが今日が初めてだからね。いきなり知らない人がいてびっくりしないかい?」

「大師匠様ったら心配性ですね。ちゃんと説明してますから大丈夫ですよ」

「ニコルもロミアスも気にしない。あいつらは社交的だからな」


 大丈夫だと告げると師匠もさらりと伝える。

 二人には恩がある人も来ると伝えている。それに、どちらも社交的な性格をしているため大師匠様とも打ち解けると思う。


 そう思っているとドアベルが鳴る。もしかして到着したのかもしれない。


「イヴリンかニコルさんが来たのかも。行ってきます!」


 鍋の火を弱めて宣言すると玄関に向かう。

 そしてドアノブを回すとイヴリンとニコルさんの二人が立っていた。


「シルヴィア! 少し早かった?」


 イヴリンが眉を少し下げながら尋ねてくる。なので笑って否定する。


「ううん、大丈夫。でもニコルさんも一緒だったんだね」

「シルヴィアたちの家に行く途中で会ったんだ。それで一緒に来たんだ」

「そうなんだ。入って入って!」

「お邪魔するね、エレインさん」

「はい、どうぞ!」

 

 一緒にやって来たイヴリンとニコルさんを家の中に通す。

 ギルドの職員として働くイヴリンと王都で騎士と働くニコルさんは仕事柄時折、関わることがあるらしい。


「わぁ、奥からいい匂い!」

「今コーンポタージュとグラタンを作ってたんだ。もうすぐでできるからソファーに座ってててくれますか?」

「ありがとう」


 前半はイヴリンに、後半をニコルさんに告げて二人からケーキとチキンが入った箱を受け取る。ケーキの方は冷やしておこう。


 キッチンに戻るとどうやらグラタンを完成させたようで師匠がコーンポタージュを温めているところだった。


「完成したの?」

「ああ。温めておくから皿の準備頼む」

「はーい」


 師匠の指示で食器棚を開けると大師匠様も近付いてくる。


「大師匠様、ゆっくりしててもいいんですよ? 大師匠様も客人なんですから」

「いいや手伝うさ。久しぶりにディートハルトの料理を見ていたらとうとう追い出されたからね」

「あははは……。それではお願いしてもいいですか?」

「勿論。シルヴィア、君はいつまでも素直でまっすぐな子でいるんだよ」

「師匠、話すより手を動かしてください」

「はは。さて、やろうか」


 師匠からの注意に大師匠様が苦笑いして、一緒にお皿を取り出す。

 パンにグラタン、コーンポタージュにサラダ、フライのお皿をテーブルに出していく。

 そして出したお皿にそれぞれ料理を乗せていく。


 グラタンはマカロニとベーコンとほうれん草が入っていて、フライは白身魚を揚げたものだ。

 ちなみに、どちらも師匠が作ったものだ。なので味は保証する。

 正直、私より料理できる師匠はやはり女子力あると思う。


「わっ、新しい猫?」


 イヴリンの声でそちらを向くと大師匠様の使い魔──猫の魔法生物のマロンにマーブルがイヴリンの足元にいた。

 

「それはランヴァルド様の猫なんだ。シロちゃんも元はそうだったんだ」

「へぇー、そうなんだ」

「呼んだ?」


 大師匠様の名前を呼ぶと大師匠様がこっちに顔を出す。丁度いいので紹介しておこう。


「イヴリン、ニコルさん。こちらランヴァルド様で、昔お世話になった人なんだ」


 紹介するとイヴリンとニコルさんがランヴァルド様を見て笑う。


「こんにちは。シルヴィアの友人のイヴリン・ロミアスです」

「ニコル・ウォルフです。王都で騎士として働いてます」

「初めまして。僕はランヴァルド。君たちの話はシルヴィアたちから聞いてるよ」


 ランヴァルド様が穏やかな微笑みを浮かべる。


「お世話になった人って聞いてたので正直年上って思ってましたが同年代なんですね」

「見た目は若い方だと思うよ」


 イヴリンの言葉に大師匠様が笑ってそう返す。確かに見た目だけなら私たちと同年代だなと思う。


「えっと、ニコル君?」

「? はい」


 そう思っていると大師匠様がニコルさんに声をかける。


「ディートハルトと仲良くしてくれてありがとう。どうかこれからもあの子と仲良くしておくれ」


 大師匠様からの言葉にニコルさんが目を丸める。

 しかし、それも一瞬ですぐに微笑む。


「勿論です。ディートハルトは俺の大切な友人ですから。これからもずっと友人ですよ」

「……うん、そうだね。──あの子を頼むね」


 宣言するニコルさんに大師匠様が穏やかな目をしながら頷く。

 大師匠様は師匠を八歳の頃から親代わりとして育てていると言っていた。

 だから大師匠様にとって師匠は大切で、ほっておけない弟子なんだと思う。

 ……大師匠様にニコルさんを紹介できてよかったと思う。ニコルさんならその約束を違えないはずだ。


「──シルヴィア」

「!」


 感慨深く思っていると、大人の声が私の名前を呼ぶ。

 その声は、私の大好きな人で。


「ディートハルト?」


 振り向くと師匠が立っていて首を傾げる。どうしたんだろう。何かあったのだろうか。


「──俺は、皿の準備を頼んだはずだが」

「あ……! す、すぐにやります!」


 師匠の低い声に指示されたことを思い出して急いでお皿の準備する。


「師匠も早くしてください」

「そうだねぇ」

「私も手伝いましょうか?」

「ロミアスはいい。これはこの二人の仕事だ」


 師匠がイヴリンの申し出にそう返す。ありがとう、イヴリン。その優しさだけ受け取っておくね……。




 ***




「このグラタンをおいしい! 作ったのシルヴィア?」

「それはディートハルトだよ」

「へぇー、ディートハルトさん料理上手なんですね」

「ならよかった」

「コーンポタージュもおいしいね。外は寒かったから温まるよ」

「まだまだありますからおかわりしてくださいね」

「ニコル君、この鳥おいしいね。どこのお店で買ったんだい?」

「それは──」


 イヴリンとニコルさん、大師匠様がおいしそうに食べるのを眺める。

 なんやかんやあったけど、無事食卓に料理を並べることができて皆で食事を摂っている。


 シロちゃんたちも久しぶりの再会に三匹仲良く集まっている。


「…………」


 目を細めてその光景をじっと見つめる。

 シルヴィアとして生まれ変わっても、色々と辛いことがあった。

 でも、今は楽しいこと、嬉しいことがいっぱいあって、すごく幸せで。


「シルヴィア? どうした?」


 師匠の、美しい青紫の瞳が私も捉える。

 楽しいこと、嬉しいことはたくさんある。

 その中でも、一番よかったのは師匠と再会にできたことだ。

 師匠と一緒に歩める未来を得られたのが一番幸せだ。


「ううん。ディートハルトのグラタンおいしいなって思って」

「……また作ってやる」


 思わぬ返答にぱぁぁと笑顔が溢れる。


「約束だからね!」

「ああ。だから食べ過ぎるな。まだケーキが残ってるんだからな」


 呆れた声を出すものの、その顔は少し笑っていて私も笑う。

 そんな私たちのやり取りに大師匠様が笑う。


「まったく、素直じゃないね」


 大師匠様の発言は小さくて聞こえず、聞き返しても教えてくれなかった。

 でも、穏やかな顔していたのでそれ以上は聞かず、聖夜の日を皆で楽しんだ。

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転生して婚約破棄、国外追放されて平民謳歌中、かつての師を拾った 水瀬真白 @minase0817

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