親友(イヴリン視点)
私の親友であるシルヴィア・エレインは、仕事に真面目で魔法に明るく、人の良い冒険者だ。
「あ、シルヴィアー!」
「イヴリン」
休憩時間に入る頃にギルドにシルヴィアがやって来たのを確認して声をあげて親友の名前を呼ぶ。
呼ばれた親友は私の方向へ振り向くとこちらへやって来る。
「依頼はもう終わったの?」
「うん。今から確認してもらうところだよ」
「そっか。じゃあ私見るよ」
「え。でも休憩時間に入るんじゃないの?」
「いいのいいの。すぐ終わるから」
依頼者からの依頼達成のサインを確認して達成手続きをしてシルヴィアに返す。
「はい、お疲れ様」
「ありがとう」
「シルヴィア、もうお昼食べた? まだなら一緒に食べない?」
「じゃあ一緒に摂ろうかな」
「やった! じゃあちょっと待ってて。交代するから!」
「うん」
シルヴィアに待っててと伝えてシシィ先輩に休憩に入ることを伝える。今からはシシィ先輩が受付に入ってくれることだろう。
「あ、そうだ」
そして財布を持つと同時にさっき頼まれたものを思い出す。あれも持っていこうっと決める。
「お待たせー」
「ううん。いつものカフェにする?」
「そうしよう! 新商品が出来たって噂だし食べてみようかな」
シルヴィアと歩きながら馴染みのカフェの話をする。
そして歩いていると普段よくシルヴィアと食事をするカフェへたどり着き早速新商品のパスタをシルヴィアとともに注文する。
「隣の席の人もあれ頼んでるね。おいしそう」
「わぁ、本当だ。おいしそうだね。早く来ないかな」
「ふふ、イヴリンったら本当にパスタ好きだよね」
「えー、いいじゃん」
新商品のパスタを楽しみにしているとシルヴィアに笑われる。でもパスタ好きには新商品のパスタは見逃せない。
「そういえば今日はモンスター退治だったんだ?」
「うん。屋根裏に住み着いたトカゲの姿をしたモンスターを雷魔法で麻痺させて追い出したよ」
「あのモンスターって素早くて有名なのによく捕獲出来たね」
「そうでもないよ。行動範囲を狭めて雷魔法を急所に当てたら簡単に気絶するし」
「へぇー、そうなんだ」
シルヴィアの解説に感心する。簡単に言うけど実際は全く簡単ではない。
それをシルヴィアは簡単にやってのける。多分、生来持つ魔力の高さと魔法に詳しいからだろう。
シルヴィアは元はここの国の人間じゃない。二つ離れたクリスタ王国出身だ。
初めてシルヴィアと会った時は流暢にキエフ語を使いこなしていたので他国の人間とは思わなかった。
クリスタ王国では貴族令嬢として育ってきたけど、婚約破棄や国外追放を受けてこの国に来たと知った。
貴族令嬢がいきなり平民の生活をするのは大変だろうと思っていたけど……案外シルヴィアは逞しく、あっという間に平民生活に順応していった。
本人は「平民生活の方がしがらみなくて楽だなぁ」と呟いているし、貴族生活には全く未練はない様子だ。
初めは心配していたけど楽しそうに平民として過ごしていてほっと安心したのは秘密だ。
「あ、そうだ。シルヴィア、預かり物」
「私?」
そして先ほど思い出して財布と一緒に持って来た手紙をシルヴィアに手渡す。
受け取ったシルヴィアは不思議そうな顔を浮かべる。どうやら、全く心当たりがないらしい。
「誰から……?」
「パン屋の息子のハンネス君って子から。お礼の手紙だって」
「パン屋……? あー、そうなんだ。別にいいのに」
説明するとどこか納得したような声をあげながら嬉しそうに小さく笑う。
本人は「別にいいのに」と言っているけど、この親友と知り合ってから三年経つ。本人は何事もないように呟いているけどきっと何か大きな助けをしたのだろうと予測する。
なので気になるので尋ねてみる。
「何かしたの?」
「ん? あー、私がお店にパンを買いに来ている時に店主の息子のハンネス君が右腕を火傷してね。危ないからささっと光魔法で治癒したんだよね」
「ええっ?」
さらりと言ってのけるけどすごいことだと思う。
火傷は大きな怪我の分類に入る。癒しの属性を持つ水属性でも癒せるけど、より効果的なのは光魔法だ。
その光魔法を扱える人間は少なく、貴重な人材だ。それで火傷をあっという間に治癒したらしい。
「無料で?」
「そうだよ? だって神官でもないし。たまたま出くわしただけだもの」
「お人好しなんだから」
「そう?」
不思議そうに呟くシルヴィアに頷く。無料で治癒するなんて……とんだお人好しだと思う。
それでも、そのお人好しのおかげでパン屋の息子であるハンネス君はこれまでどおり右腕を使えているようだ。
「へー、あの時は学校が長期のお休みだったからお店手伝ってたんだって。それで、私が冒険者だって両親から聞いたみたいで、ギルドに預けたんだって」
「へぇ、そうなんだ」
シルヴィアが嬉しそうに手紙の内容を話す。なるほど、そういう理由でギルドに届けたのか。
「でもお手紙までくれるなんて。お礼にパンいっぱい無料で貰ったからいいのに」
「パンでいいの?」
「当たり前じゃん。おいしいし無料で貰えるってすごいお得じゃん!!」
力説する親友に苦笑いを浮かべる。これが元貴族令嬢。本人に言われないと到底気付かないと思う。
「お待たせしました」
「わぁ、おいしそうだね、イヴリン!」
「そうだね」
運ばれてきたパスタを見て頬を緩める。キノコとエビとトマトソースを使用したパスタは味は勿論、香りもよくてフォークが進んでいく。
「エビの風味がいいね」
「うん。でもトマトソースもおいしね」
「そうだね」
互いに味の感想を述べて食事を進めていく。一緒に運ばれてきたサラダも食べながらその後も話をしていく。
「もう冒険者になって三年だね。そのまま一人でするつもり?」
「一応、その予定だよ。たまにパーティ誘われるけど、それが交際も一緒だったりするし」
「そっか。まぁ、シルヴィアほどの魔法使いなら大丈夫だよね」
「魔法は得意だからね」
自慢気に同意するけどシルヴィアが魔法に優れているのは事実だ。
普通の人間は七種類ある属性のうち、一種類しか使えない。
しかし、シルヴィアは世にも珍しい三種類の属性を扱える魔法使いだ。
国内の人間なら宮廷勤めの魔導師になれたのになと思ってしまう。
「父と婚約者の件で恋愛に興味ないんだよね。だから交際を申し込まれても困るんだよね」
あはは、と笑いながらそんなことを呟く。笑っているけど、本当に困っているのが読み取れる。
シルヴィアは容姿が整っている。胸まである金髪は美しく、色白すぎない健康的な肌に大きな緑色の瞳はエメラルドのようにきれいで美少女に分類される。
その上、魔法の才能に恵まれ、魔法の知識は舌を巻くほど詳しい。時折、新米冒険者や女性冒険者に魔法を教えているくらいだ。
それ以外にも薬草の知識もあってふとしたところに教養の高さが滲み出ている。そういう時にやっぱり元は貴族令嬢だったんだなと感じる。
そんな風に結構スペックの高いシルヴィアは頻繁ではないけれど異性に告白されるも、家庭環境のせいで恋愛に興味が皆無だ。
「まったく気になる人とかいなかったの? 初恋もまだとか?」
「初恋……」
なんとなくで尋ねると予想と違って口を閉じる。え、もしや初恋はあるの?
「え、初恋はあるの?」
「うっ……」
「えー! なんで言ってくれないの! シルヴィアと恋バナしたかったのにー!」
「ご、ごめんって……」
謝りながらもほんの少し頬を朱色に染めるシルヴィアを見てにやけそうになる。我慢、耐えろ私の頬の筋力。
「どんな人だったの?」
「どんな人、か。……私の魔法の師匠だったんだ」
「え。じゃあすごいね」
シルヴィアに魔法を教えていた人物とは。シルヴィアが魔法の才能が高いからその人もかなり優秀な人だったのだろうと容易に想像がつく。
「うん。とても、すごい魔法の師匠だったよ」
「それでそれで? 特徴は?」
「特徴……そうだなぁ。年上で、無愛想で好き嫌いが激しくて、目つきが鋭い人だったね」
「え、ええっと……?」
思わぬ回答に戸惑う。無愛想で、好き嫌いが激しくて、目つきが鋭い人? ……シルヴィアには申し訳ないけれど、好きになる要素が見当たらない。
「なんか想像しにくいなぁ……。どうしてその人を好きになったの?」
「うーん。なんでだろう、気付いたら好きになってたんだよね。初めは冷たかったけど一緒に過ごすうちに優しくなっていってね。一見、怖いけど本気で怒ることないしなんだかんだ小さい頃の私の相手をしてくれて嬉しかったんだ」
「…………」
初恋の人を話すシルヴィアは少しはにかみながらも嬉しそうに、懐かしそうにその人のことを話す。
その表情だけで、シルヴィアが本当にその人を好きだったんだなと容易に感じ取れる。
「……その人とは、もう会えないの?」
「……うん。もう、きっと会えない人だから」
私の問いに少し間を開けながらシルヴィアが答える。その瞳は寂しい感情がはっきりと表れていて、未だにその人を忘れられないんだと窺える。
「……そっか」
私はシルヴィアの生い立ちを深くは知らない。簡単には知っているけど、ここに来るまで色々と会ったんだと思う。
「…………」
シルヴィアがその人を忘れられないのは仕方ないと思う。
でも、いつかまたシルヴィアが恋出来たらいいなと思ってしまった。
そんな考えごとをしていると鐘が鳴って時間を告げた。
***
あれから数ヵ月。今は毎日が楽しい。
それは受付の仕事にも慣れて少しずつ色んな仕事を任せられていることもあるけど、やっぱり一番は親友が幸せそうだから。
「依頼達成したよ」
「お疲れ様、シルヴィア! ディートハルトさんもお疲れ様です!」
「ああ。ロミアスもお疲れ」
お疲れの言葉をかけるとシルヴィアとディートハルトさんが返してくれる。
「お昼は外食しない?」
「いいな。シルヴィアの好きなところでいいよ」
「じゃああそこ行こう! オムレツがおいしいところ!」
確認作業をしていると二人がそんな会話をして耳を通る。仲良しで何よりだ。
「はい、いいよ。お昼オムレツ?」
「うん。イヴリンも食べる?」
「私はいいや。今日は後輩と食べる約束しているから」
「そう?」
誘うシルヴィアに断りの言葉を告げる。実際、今日は後輩と食べる約束していたし。
そして二人を見送って先輩に休憩時間に入ると伝えて休憩に入る。
数ヵ月前、シルヴィアが新しい恋をできたらいいのになと思っていたけどそれは不要のようだ。
だって、シルヴィアは初恋の人と再会出来たのだから。
「よし、休憩して午後も頑張ろう!!」
そして自分に宣言して後輩とともに昼食を摂りに向かったのだった。
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