第3話種
一人の人形にまかれた種は人の心だった。人の形をした器には少女との時間が敷かれていた。
種は少女との別れを悲しんだ痛みで割れ、涙という雨で潤されていた。少女との思い出は芽生えた芽に養分を与え、すくすくと育てていった。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
種は人形の中で芽生えていった。
芽吹いたものにおおわれた人形は人のようだった。人のように歳をとり、老いていった。そして、少女の後を追うように世界から姿を消していった。
心という種の中にはたくさんの感情が詰まっていたのだろう。少女が人形に語り続けた話たちのように。
感情に熱と火を灯せば、いつかは消えてしまう。人が産まれて死んでいくのは細胞の老化のせいだけではないのかもしれない。
『ねえ、そうでしょ?』
一人の人形は、そう言って笑った。
芽生えなければ終わりなど来るはずもない。種のまま眠り続ければいいのだから。
それでも人の形をした彼女は芽生えることを望んだ。
あなたの中にも、誰かによって種がまかれている。それは彼女のように芽生えるものなのだろうか。それとも、始まることなく腐らせて終わるだけのものなのだろうか。
終わりを恐れて芽生えの瞬間をずっと先にする。始まることなく終わる瞬間を待つのと何が違うのか。
硝子色をした瞳の人形は、少女のように笑って言った。
『ねえ、そうでしょ?』
いつかは終わりが来るものだ。
そのために、芽生えを彼女は受け入れたのだった。
硝子色の瞳 犬屋小烏本部 @inuya
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