完璧な子供たち

 原稿をドロップボックスで納品したら、窓の外が明るくなっていた。けたたましい鳥の声に交じって、下の階からテレビの音が聞こえてくる。そういえば、最近は「悠弥くんへ」の更新を完全に放置している。仕事で文章を書いているのに趣味でも書くのは、私には結構大変なことだった。決して、柿澤悠弥を好きなことを反省したとか、そのことで柿澤悠弥から気持ちが離れたわけじゃない。でも、沙織のお腹から流れていく血の熱さとか匂いとかを思い出して、なんとなく気が進まなくなったのも確かだ。とうの柿澤悠弥はこないだ支援者の女性と獄中結婚したらしい。ネットニュースで見た。なんか笑える。私はパソコンをシャットダウンしてベッドに入り、スマホをいじる。


 引き出し屋事件のあと、お母さんがめちゃくちゃ謝ってきたので、私は実家で引きこもりを続けさせてもらうことにした。そのうちネットでたまたま見つけたライティングの仕事を始めて、ちょくちょく色んな案件に手を出したりしているうちに、なんかハマッてくる。仕事っておもしれー。私も今は社会の一部になってるのかな? この部屋に一日中こもっているだけじゃ実感がないし、というかもうぶっちゃけ色々考えるのがめんどくさくなっていた。社会とか。他人とか。『かくあるべし』の自分と現実の自分とか。考えてるうちに原稿の締め切りが来てしまう。


 フミダスの代表が逮捕されたって。


 沙織からLINEが来ててネットニュースを見に行く。無茶な引き出しをして、スタッフや利用者を虐待していた代表は、『先生』と呼ばれて組織内で崇拝されていたらしい。ニュースの画像を見たけど、ただのしょぼい白髪のお爺さんにしか見えない。過去記事のサジェストに私たちのドタバタのニュースも載っている。NPO法人フミダスの藤田洋平容疑者(30)がトラックドライバー女性(27)をサバイバルナイフで刺傷。あのとき藤田の怪我は実は大したことなくて、内ポケットに入っていた私の『逮捕のその日まで』が、藤田を守ったのだという。結局、だから、私に人殺しの気持ちはわからないままなのだ。


「じゃあ、どこでも行けるんだね」


 沙織が最初にくれた言葉をずっと覚えてる。いったん納得したらあまりにも当たり前で、あっけなくて、でも、新しい気持ちになった。私は生きている。生きているからどこにでも行ける。なんとなく、そう思う。目を閉じる。

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引き出し屋に追われているニートですがギャルに好かれています。 たつじ @_tatsuzi_

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