第2話

はは、なんだ。やっぱり夢か。変な一連の夢だ。そろそろ起きないと始業式に遅れる。

そう思い、右手を固く握り、その拳で自分の頬を力いっぱい殴った。

―いてえ。

目は覚めなかった。夢であってほしかった。両足の間から飛び出した、その金属棒も力いっぱい引っ張ってみた。しかし、何も起きない。

人間というのは、受け入れがたい現実に直面した時、笑うようにできているらしい。そうすることで心の平穏を保とうとするのだ。いま鏡を見れば、きっと口角が上がった気持ち悪い顔をしているだろう。だが、そんなことよりも、得体のしれない何かに変わってしまった自分を今一度見るということのほうに嫌悪感を抱いた。

嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!

絶望。

今まで味わったことのない感情だった。似たようなもの、例えば、テストの終了10分前に用紙の裏にも問題があったことに気づくとか、旅行先についた途端に財布を忘れたことに気づくとか、そういったものは何度か経験したが、そんな生やさしいものではなかった。

長年連れ添ってきた相棒はいくら探しても見当たらなかった。あるのはただ一つ、鈍く光を反射させる固い突起物だ。柔らかさは、少なくとも、見てくれからは感じられない。

急に家が恋しくなった。温かい布団で一日中寝ていたい。現実から逃げて心に優しい夢を見たい。

帰宅するため、一度教室に戻った。


席に着くや否や、奴はいつも通りにちょっかいをかけてきた。肩をたたき、その手を置いたまま振り向く俺の顔を人差し指を突き立てて待つ。いつものルーティンだ。

「長かったな!始業式から快便ですか!」

「うるせえ。腹痛いから今日は帰る。」

「ゲリベンかよお。なんだよお。さみしいじゃねえか。もうちょっといろよー。今日は午前で終わりだしさあ。」

「いいや。帰る。特にお前がウザいからな!」

「それはいつもだろう?ほんとは俺がいない春休みの間寂しかったくせにー。」

それはない。なんならむしろ何回か一緒にでかけた。桜がきれいに見れる通りがあるというので、自転車に乗って二人で見に行ったのだ。誘ってきたのは向こうからだ。そっちが寂しかったんじゃないのか?

「そうかもなー。」といつもの調子で俺は流しておく。

「やっぱりなあ!」と嬉々として何度もうなずく奴。

このお調子者の名は村田ナオキ。高校からの仲だが、なんだかんだ一緒にいることが多い。部活がいっしょだったからだろう。またもや同じクラスか。

最初の会話もこいつからだった。

入学式のことだ。バスケ部の部員を探しているらしく、聞きまわっていた。俺が中学校で経験者だったということを話すと部活見学に半ば無理やり連れていかれた。やる気があるなあ、と人ごとのように思っていたが、気づけば一緒に入部したことになっていた。相性は悪くなく、むしろいいように思えた。先輩たちの練習相手として、紅白戦に出たときは、連携して何回か点を決めることができた。

部活自体は嫌いではなかったが、中学時代の最後の試合で燃え尽きていた俺は、周りとの温度差についていけず、去年の暮れに退部届を出した。そのときに、「いいなあ。おれもやめてぇ!走らなくていいもんな!」なんて言っていたが、楽しそうに続けている。辞めたあとも、しつこいくらいに俺に関わってくるのは部員の中ではこいつくらいだろう。

仲がいいほうの部類の友達ではあるが、あの事については話すつもりはない。いや、仲がいいからこそ、知られたくないのかもしれない。

体の一部が機械でできている、なんてことを知られたら、気味悪がって離れていくだろう。しかも大事な部分だ。

ましてや、それが学校で広まってみろ。笑いものの、除け者にされる。

だから話せない。今はとりあえず、この体について理解する必要がある。そのために、だれの目にもつかない、安心できる場所、家に帰る必要がある。

「と、いうことでまた明日。」

そう言い残して、始業の案内の紙を配っている担任のもとへ向かい、帰宅する旨を伝え、足早に帰路へ着いた。

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