第20話 欲しい……。

 スイランを配下にするというミラクルプレーをかました翌日、目的を果たした俺達はヘイゼルへと帰還するため船に乗ろうとしていた。


 現在時刻は12時。本当は朝一番の船に乗る予定だったのだが、二日酔いで動けないというリンファの体調が戻るのを待っていたらこんな時間になってしまった。


「うー……世界が回っている」

「あれだけ飲んだらそうもなるさ。次からは少しセーブして飲むようにしてくれ。じゃないといざって時に困る」

「……わかっているさ。わかっているが、久しぶりの贅沢だったんだ。大目に見てくれ……アタタ! 頭が割れそうだ……」


 こんなんで護衛が務まるのかという心配はあるが、あまりヘイゼルを離れているのもよくない。それに、王宮から身分証を発行されているから来た時のようなトラブルにはそうそう巻き込まれる事もないだろう。


 そう思っていると、髭面の大男が憲兵に囲まれているのが見えた。どうやら船に乗る際の身分チェックで何かがあったようだ。


「デカいな……」

「……何がだ?」

 頭を抑えながら問いかけるリンファに大男を指す。

「強そうな男だな」


 リンファが他人をそんな風に言うのは珍しいので、なんの気なしに大男のステータスを確認してみたら驚きだった。


 武力92。こんな数値は普通出ない。その辺の男が30程度である事を考えると、間違いなく一角の人物だ。それに何より、忠誠心が98もある。裏切りの心配のない武将という事だ。配下に欲しい……。


「ご主人様。よくない顔をされていますが、まさか」

「そのまさかだ。助けに入ろう。口説きたい。リンファ、護衛頼む」

「うぅ……私は病人だぞ、少しは労ってくれないか」

「二日酔いは病気に入らないよ。行くぞ」


 近づくと、事態はマズイ方向へ進もうとしているのがわかった。彼らの間でどんなやり取りがあったのかは定かではないが、憲兵が腰の剣に手をかけている事からすでに一触即発の状況にあるのは間違いない。そんな中俺は、


「すいません、何があったんですか?」

と、素知らぬ顔をしてそう問いかけた。

「なんだお前は」

 憲兵による当然の返しに、俺は用意しておいた台詞を発する。

「ヘイゼルから中央に報告にきた者です。ほら、身分証もあります」


「……ふむ。それはわかったが、見ての通り今こちらは忙しい。用があるなら別の者に頼んでくれ」

「いえ、そちらの御仁とは少々知り合いでして。何か揉めているようでしたので、私に解決できる事であればと思いまして」

「この男と知り合いだと……? お前は知らんかもしれないが、この男は先の反乱に参加していた疑惑があるのだ」


 そこまで言って、大男はその見た目に違わぬ声量でもって反論した。

「だから! 俺は反乱になど参加していないと言っておろうが!」

「黙れ! その傷こそ揺るがぬ証拠だ!」

「チッ、これは農作業中にできた傷だって何度も言っているだろう」

「嘘をつけ! どう見ても剣で出来た傷だ。農作業でそんな傷ができるか!」


「まあまあ落ち着いて。ようは、この人の身分が保証出来ないから問題になってるんですよね? なら、ヘイゼル領主として私が正式に身分を保証します。なので、この場は見逃してくれませんかね? ほら、この通り……」

 そう言って俺は憲兵に近づいて十分過ぎるほどの袖の下を渡した。

「……む。そうか、領主殿がそこまで言われるのであれば引き下がろう」


 言葉通り去っていった憲兵達に心の中で舌を出しながら、すっかり寂しくなってしまった財布の中身を確認する。


 万が一の時ように残しておいたお金を今ので全て使ってしまったので、もう一度問題が起きれば力に頼るしかないが、今後の予定はヘイゼルに帰るだけなので問題はないだろう。


「さて……助けたんだから、っていうのは恩に着せるみたいで嫌な言い方だけど、少しくらいは話しに付き合ってくださいよ?」


 振り返り、大男にそう言うと、彼は不思議そうな顔を見せていた。当然だろう、故も知らぬ人間がいきなりピンチを救ってくれたのだ。普通は不審に思うか疑問に思うかの二択だ。 


 そんな中彼は後者を選択してくれた。不審に思われては腹を割って話しをするのに無駄な時間を取られるから俺にとっては有り難い話だ。


「……お主、何故某それがしを助けた?」


「強そうだったから。さっきチラっと言ったように私はヘイゼルの領主なんですけど、訳あってとにかく人が足りないんですよ。だから、あなたみたいな優秀な人が欲しくてたまらないんです。ま、詳しい話は船が出航してからにしましょう。憲兵が戻ってこないとも限りませんからね。それまでは船倉にでも隠れててください。船頭には上手く言っておきますから」


「む、そうだな。かたじけない」

 大男はそう言って見た目からは信じられないほど軽やかな動きで船倉へ走っていった。


 そんな姿を目で追っていたらしいリンファは、「やはり強いな……」と呟いた。


「リンファがそんなに言うってよっぽどだな。やっぱりなんとしても味方したい」

「野望を抱くのは結構ですが、ご主人様、憲兵に袖の下をお渡しになりましたよね? ヘイゼルに帰るだけとはいえ、ただでさえ心許ない路銀をいたずらに使用するのは感心しません」


「うっ……許してくれ。そうする以外に穏便にあの場を解決する手段が思いつかなかったんだよ」

「まったく……お金は無尽蔵に湧いて出てくる訳ではないのですから、少しは節約を覚えていただかないと困ります」


「善処します……」

「善処では困ります」


 なんていう一幕を挟みつつも、船は無事出航した。懸念していた憲兵が引き返してくる可能性も、船が出てさえしまえば考慮する必要もなくなる。

 という事で、俺達は大男が隠れているはずの船倉へと向かった。

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百花繚乱戦乱絵巻~群雄割拠する世界で天下統一を目指します~ 山城京(yamasiro kei) @yamasiro

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