第19話 夕食時、スイランの誘惑 後編
「わたくしは今さる方からしつこく仕官を求められております。断っているのですが、なかなか強引な方でして、困っているのです。さりとて、客観的に見てわたくしは非常に優秀といってよいでしょう。武の方はこの通り頼りないかとは思いますが、智の方では大いにお助けできるかと存じます」
「はあ……?」
突如として始まったアピールタイムに困惑している俺をよそに、スイランはどんどんと話を進めていく。
「端的に言って、軍師としては引く手数多な訳でございます。しかしわたくしは目立ちたくない。このような時代、目立ってしまえば真っ先に亡き者にされてしまいますからな。そういう訳で、引きこもるというアオイ殿の考えはひどく魅力的に映る訳でございます」
「なるほど?」
「更に言うならば、アオイ殿は今リンファ殿という武は手にしているが、智を得られるものが配下におられない様子。わたくしのような人材は喉から手が出るほどほしいはず。違いますか?」
「いや、その通りです」
「であればこそ、この機会を逃す手はないかと存じます。今ここで、お答えいただきたい」
長々と前説を置いたが、つまるところこれは仕官のお願いだ。しかし迷う。
正直なところスイランほど優秀な人物を手元におけるのならば、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。だが、今は状況が悪い。
シンヨウ、特に王宮の情報が欲しい俺としては、情報屋的な役割を担ってくれる人物をシンヨウに置いておきたいのだ。特に、スイランほど優秀な人物であれば、俺が必要としている情報を過不足なく伝えてくれるだろう。であればこそ、ただ優秀だからという理由で彼女をヘイゼルに連れ帰るような真似は出来ない。
「俺なんかにはもったいない申し出です。今が平時であれば、迷う事なくお願いしたところですが、状況が状況なのでスイランさんをヘイゼルに連れ帰る事は出来ません」
取りようによっては拒絶とも取れる言葉を聞いて尚、何故かスイランは口を三日月形に歪めた。わかりづらいが、笑みを浮かべたのだろう。
「どこまでも利に敏い。いや、この場合は生き汚いと言った方がよろしいかな。実は、この話に飛びつくようであれば誤魔化すつもりでございました」
「んーと、もしかして私、試されてました?」
「ええ。このような真似をして申し訳ございません。しかし、わたくしも自身の命に無頓着な者には仕えたくありませんので、お許しください」
あぶねー。考えなしに首を縦に振ってたら二度と彼女を配下に出来ないところだったって事じゃねえか。冷静に考えてよかった。
「という事はつまり、どういう事です?」
「正式に、アオイ殿に仕官を申し込みます。ただし、本格的に行動を共にするのは戦乱の世に突入してからとなりましょう。それでもよろしければ、この手を取っていただきたい」
そう言って、スイランは手を差し出してきた。身長差の関係で、上目遣いとなっているのだが、潤んだ瞳で見つめられると別の意味で緊張してくる。この娘ならそれすら計算に入れているのではないか、なんて考えが脳裏をよぎるが、流石にないかと考え直して手を握った。
「これからよろしくお願いします。スイランさん」
「配下となるのですから、スイランで構いません。共に戦乱の世を生き残りましょう」
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