夏祭り
夏祭りの夕方。僕はいつもどおりのシャツとハーフパンツにサンダルをはいて家を出た。残念ながら僕は浴衣も甚平も持っていない。
隣の家のチャイムを押すとすぐに美海が出てきた。
「……かわいい」
「ありがと」
美海は濃い青の浴衣を着ていた。裾に金魚が泳いでいる。すごく似合っていてかわいくて、それ以上の感想が出てこない。
「行こうか」
ゆっくりと歩き出した美海の足下は下駄で、ちょっと歩きにくそうだ。
「美海、手、つないで」
「荷物ないのに」
「僕がつなぎたいんだ」
「しょうがないな」
この間と同じように笑って美海は手を取ってくれた。そっと握って神社に向かって歩いて行く。
この間と違って周りはまだ明るくて、人もたくさん歩いている。みんな神社に向かっているから僕と美海を気にする人なんていない。いても関係ない。
美海は楽しそうに横を歩いていて、たまに目が合うとニコッと笑ってくれる。かわいい。最高にかわいい。
小崎神社は混み合っていた。そんなに広くない神社だけど、参道の両脇に屋台が出ていて、どの店も人がたくさんいる。
去年は美海と詩音と三人できたけど、そのときは近所の中学生に追い払われてしまった。今年は神社の入り口に学校の先生たちが立っていて、
「遅くならないように」
と言われただけですんなり入れる。
「なにか食べたいものある?」
「たこ焼きと、リンゴ飴とスモモ飴と……夜は焼きそばとお好み焼きはどっちがいい?」
「美海がたこ焼きを食べるなら、僕は焼きそばにしよう」
二人で相談をしながら屋台を回る。
結局たこ焼きと焼きそば、それから唐揚げを買って境内までやってきた。境内前の広場には櫓が組まれていて、周りを大人達が踊っている。
僕と美海は隅っこのベンチに座って買ってきたものを半分こする。
「おいしいね」
「ね。絶対お兄ちゃんが作った方が美味しいはずなのに、こういうとこで食べると特別に美味しい」
「僕は美海がいるからなんでも一番おいしいよ」
「夜はちょいちょい恥ずかしいこと言う」
そっぽを向く美海がかわいくてニコニコしてしまう。僕が笑ってるのを見て美海も笑う。
「あ、あれ」
「ん? ニャンタカ?」
顔を上げると、櫓の向こう側にニャンタカがいた。甚平を着ていて手にはたくさんの袋を抱えている。
「ニャンタカ、何をそんなに」
そういえば夏休みが始まったときもあいつは大荷物だった。そのときの貸しを返してもらってないことを思い出す。
「隣にいるの、ほのかかな」
「あー……そうだね。あと、お姉さんもいる?」
「なるほどー……」
ニャンタカの隣には田崎さんとニャンタカのお姉さん。美海の言った『なるほど』は、だからあれこれ持たされてるんだな……という納得だろう。
「ニャンタカがそれでいいなら、いいんだ」
両脇の女子からあれこれ言われて、それでもまんざらでもなさそうに荷物を運ぶニャンタカ。あいつはそういう男なんだ、きっと。
「でもほのか、前よりちょっとニャンタカに優しくなったみたい」
「そうなの?」
「うん、ほら」
美海が指さした方を見ると、田崎さんがニャンタカの口になにかを突っ込んでいた。ニャンタカはちょっと嬉しそうに頬張っている。
「そっか」
それがちょっとうらやましいだなんて思ってしまう僕はやっぱりかっこ悪いままだ。
「あれ、いいなあ」
声に出ちゃったかと思ったら、隣から唐揚げが差し出された。
「ど、どうぞ」
顔を赤くして、ちょっと震えながら美海がこっちを見ている。
「あり、がと」
たぶん僕も美海と同じような顔をしている。もらった唐揚げは、今までで一番美味しかった。
「美海。僕はまだまだかっこ悪いとこばっかりだ。もうちょっとできることを増やしたい」
「うん。私も。自分に胸を張れるようになりた。そしてやりたいことを見つけたい」
「一緒にいてくれるかな」
「もちろん。一緒に頑張ろう」
二人で目を合わせて笑い合う。僕らはまだまだ子供でできることなんてちょっとしかない。けど、それはこれから二人で増やしていけばいい。
「夜、そろそろ行こう。リンゴ飴買いに行かなきゃ。スモモ飴とチョコバナナとベビーカステラも」
「増えてない? 僕は綿あめがいいな」
「うん!」
立ち上がって、今度はなにも言わずに手をつないだ。喧噪はいっそう盛り上がり、夏の終わりを締めくくる。
夜と最後の夏休み 水谷なっぱ @nappa_fake
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