二章:南原町

二ヶ月後

『特集:無双の朱路の行方』


 朱路が八上国の河原街の行商協会で目撃されてから、二ヶ月が経つ。この件で八上国からは正式に朱路の失踪とこれまでの軍の活動が発表されたが……あれから音沙汰もない消息を追うべく、本誌では独自に追跡の推測を行った。


 なぜ、軍の朱路追跡は滞っているのか。本稿では二つの推測を立てている。

 ①:既に国外へ逃亡されている。

 ②:そもそも追跡手段と確認手段が限られてすぎている。


 ①については軍の管理の対象外である為、どうしようもないだろう。しかしながら、最も懸念すべき事態ではあるが。

 ②に関しては色々と考えようがある。軍は朱路を取り逃した一件の後、街の税関や検問等の機関の強化を国へ要請している。なぜ最初からそうしなかったのか。恐らく、それでも探し出せるという自信があったのだろう……がそうはいかなかったのかもしれない。それとも、切り札を切ったが逃げられたのか。通用しないと知ったから広報したのか。様々な可能性が見出せる────




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「……この情報屋、いい線突くなあ」


 二ヶ月ぶりに歩く河原街かわらのまちの気候は夏らしくなったが、変わらず賑わっている。いさぎは抱えている呪いの性質上暑さに強いため、直射日光ではあるが軒先の長椅子に座っている。ボブカットのカツラを被り黒髪に変装するいさぎは、甘味処の座敷で情報誌を読みつつため息をついた。屋代隊の事を思い出し、皆元気でいるかどうかを少しばかり気にかけた。

 ────二ヶ月前の朱路の逃亡を折に、関税所や検問所の規定が厳しくなったことは民衆の間でも見るに明らかなことだった。反発を買う手段に踏み切った裏側には、明らかに軍側の追跡手段の乏しさがある。実際に軍はいさぎの『宿命通しゅくめいつう』という追跡における"切り札"ともいえる手段を失っている。

 なりふり構っていられない状況に、最早政殿は朱路の失踪を隠さなくなった。噂でしかなかった情報に言質が取れたことで、八上国の周辺諸国、特に沼川国ぬまかわのくに須勢里国すせりのくにの動向は今後どうなるか、一人の軍人としてこの一枚の情報誌からですら目が離せない。


 しかし、いさぎはそれらを読み終えるとコソコソと、胴着の懐に縫い付けた袋から木炭を取り出して裏面に数字を書き殴っては、表面の記事をチェックする。


「────よし」


 数字を書く手を止めて木炭をしまった後、すぐにその情報誌を甘味処かんみどころが用意している棚へ戻す。この情報誌は甘味処が善意で用意しているものだった。


「いさぎ、待たせたな」

「ノォアアアーーーっ!?」


 不意に肩を叩かれて、いさぎは死ぬほど驚いた。甘味処の店員にバレでもしたかと勘違いしたが……鉄二だった。鉄二も彼女の反応に驚いて飛び上がる。


「うおおメッチャビビるじゃん!」

「オ、オウ!鉄二さんじゃないスカ!」

「怪しすぎだろ何だその反応……」

「ナンデモナイ!ナンデモナイ!」

「九官鳥か……まあいいや、それより喜べ!割と全体的に高値で売り捌けた。本当にこの所はいさぎ様々だな」


 いさぎは複雑な表情で微笑んで顎を人差し指でかいた。視線は泳ぎ、戸惑いが見える。


「ま、まあ私はただ倉庫で寝て呪い振り撒いてるだけですよ」

「それがありがたいんだ。現地調達の食物の鮮度をここまで保った行商なんて、他にない。これで少し遠出できるってもんさ」


 ────ちなみに平助は、簡単に大きな街には入れなくなっているため、郊外で待機してもらっている。軍にいた頃と三ヶ月前の似顔絵が軍には共有されている上に、上空専門の警備隊がこういった大きな街には配備されるようになった。

 まだまだ容姿の印象のレパートリー案はあるとはいえども、試行錯誤といった感じだ。





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 不知火しらぬい行商会。

 それが、新たに鉄二が立てた行商人としての組織の名前となっていた。いさぎを含めた彼らはこの数ヶ月は無一文から資産を確保するために、時に山林に籠りつつ食物を中心に商いを続けていた。

 山菜等を取りつつ地道に村々を巡って資金を貯めるつもりが、その計画は良い意味で潰された。いさぎの氷結の呪いと鬼道が、食物の鮮度を保ったためだ。造形・精製された特殊な氷により常に貯蔵庫内の温度は氷点下に保たれていた。彼女の氷は水ではなく呪力の結晶だ。その結晶は術者の腕によっていくらでも温度を下げ続ける。だが、夏場で一定範囲の空間を氷点下に保てる程の道士は規格外と言ってもいい。

 そんないさぎの存在は食肉の長距離の運搬を実現した。いさぎは軍関係の者の間で名があるため、もちろん勘付かれぬように解凍したものを売りつけるのだが……。



 いさぎと鉄二は、荷車に食物や備品、稼ぎを載せて河原街の離れにある森林の拠点へ向かう。

 もっぱらいさぎが荷車を引きずる。神通力を使えない鉄二は、大荷物の前では無力だった。



「帰ったぞ平助。良い知らせだ、稼げた」

「お疲れ様です、それは期待っすね師匠」


 軽い挨拶を交わし、平助は期待のこもった目で鉄二を見る。後ろ髪を短く結えており、さらにその顎には髭を肥やし、もみあげが繋がっている。数ヶ月前の優男からは想像できない、イカツイ青年がそこにいた。


「ハァ、ハァ、疲れたもう嫌だ早く馬ほしいご飯食いたい布団で寝たい風呂入りたい」


 到底人が運ぶレベルではない重量を、馬車馬といっても過言ではないほどにこき使われた運ばされたいさぎは、到着と同時にその場に突っ伏し、カツラをぶん投げつつ、一息で文句の全てを吐き捨てた。


「欲がすごい」

「平助さんが引きこもりだから私がこんな目に遭ってんの分かってんの!??バカ!???」

「すんませベブルヴゥ!!!」


 忌憚きたんない一言にキレ散らかし革靴を脱いで投げつけると、完全に油断していた平助の頭にパカーンと良い音を立てて当たる。勢いは物凄く、脳天から血を撒き散らして吹っ飛んだ。


「鉄二さん、ぜっっったいに羊のお肉、良い部位全部ちょうだいね!」

「商売人が交換条件に嘘つかねえよ、もちろん」

「この引きこもりには脛の肉とか目玉とか、せいぜいウンコとかで」

「了解」

「へ?……何勝手さらしとんねんゴルァぁぁ!!!!」


 血塗れのニートが、憤怒の暴風と共に宙に舞い上がり、華麗なる復活を遂げた。


「今日は働いてねえんだから当然だろうがバカ弟子ィ!!」

「何も言い返せねえだろうがぁああ!!それでもウンコだけは嫌だぁあ!!」


 宙に舞い上がった勢いのまま、憤怒一転、泣きそうな声で鉄二の足に縋り付く平助。秒で論破されたため、情で訴える作戦に変えたらしい。ついでに頭の血を撒き散らし、鉄二の袴を汚した。


「汚ねえ気持ち悪いんじゃあああ!!」

「ブルァアアア!!!」


 顔面に一般人のローキックを喰らってもんどりうつ、最終兵器級の英雄とは。


「そういや、予定通りちょっと遠出するつもりだから、今日は準備で終わるぞ」

南原町なんばらのまち、でしたね」

「ああ。怪異の頻出で物騒になった地域だが……お前らもいるし、立てていた予想通りあの辺りはきっと、金が余っていても食糧が無い。確かな情報筋から聞いた」

「ね、ねえ、嘘だよね?ウンコとか嘘だよね、ねえ?」


 オロオロと落ち着きをなくして泣きそうな顔の平助を背に、淡々と話を進める。


「ねーえぇ!嘘だよねえぇ!?」


 実はその様子があまりにも面白いので、彼らは背を向けて笑いを堪えている。その瞬間、眼前に瞬間移動するかのように平助が現れる。あまりの速さに消えたように見える。


「うおおい!何わろとんねんオノレラァ!?」


 少し驚くが、いさぎと鉄二は彼の必死さに耐えられなくなり声を上げて笑った。


「いやー……冗談ですよ平助さん。お留守番頑張ってくれたので羊肉の上等な部位くらい、ちょっとお分けしますとも」

「え、ほんと!?マジで!??」

「もちろんです」

「っしゃあーーー!!」

「……ちょっろ」

「っっしゃあーーーー!!」


 いさぎがわざと聞こえるように言ったのも耳に入らないほど、平助は喜んでいた。そこらじゅうを飛び跳ねている。

 どんだけウンコ嫌だったのだろうか。いや、誰だって死ぬほど嫌だろうけども。




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「二ヶ月ぶりだねぇ、この街も」

「………正直複雑だ」


 検問所の門の前、馬車の列に軍用貨物の印が入った荷車が一つあった。それを引く二頭の馬の手綱をそれぞれ待つ、一組の男女が、同時にため息をついて空を仰ぐ。


「生死不明、か」

「何度も聞いとるが実感無いのう。ワシは諦めきれん」

「私は正直……もう折れそうだ。手がかりもないし」

「…………手がかりがないのは、どうしようもないのう」

「でも諦めたかないな。源太郎、諦めちゃダメだよ」

「弱音吐くか励ますかどっちかにせい」

「じゃあ励ますわ」

「ありがてえ」


 源太郎は自らの頬をバシと叩いて気合いを入れなおした。

 もし、可能性は低いとは思うが、朱路がいさぎの行動を縛って、当分行動を共にしているのならば……あの英雄が今や一介の商人ならば、この河原街には手がかりが転がっているやもしれない。


「頑張っぜ、任務も忘れずに」

「おう」


 牡丹も巫女服の袴の帯を前できつく締め直し、応えた。

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無相の朱路〜世界最強の英雄が職務放棄して商人やってた件〜 とすけ @ranzyo_tos

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