深遠の世界へ
『……■■■町の牧場にて女性の遺体が発見されました。牧場所有者の〇〇さんが今朝未明に飼育している牛が一頭いないことに気づき、周辺を捜索すると牧場近くの森の中で発見。牛は死んでおりその体内から女性の遺体が発見されました。女性は……』
コーヒーとトーストの香りが漂う朝のダイニングテーブルで、私はそのニュースを聞いた。
あの女と出会ってから数十日後、それは凄惨な事件として朝の情報番組で取り上げられていた。警察の捜査で遺体の身元が明らかとなっており、その女性の写真が画面に映し出される。
「・・・・・・」
そこには健康的な顔で笑う女性が写っている。大分変わり果てていたけど、おの神社にいた女に間違いなかった。
このニュースを見ている私の顔は強張っていたと思う。でもこの時の感情は不思議と恐怖ではなかった。
終わった。
という安堵に似た感情で画面の女の顔を眺める。そう、終わったんだ。
自殺か殺人か、まだ分からないようだけど彼女は死んだ。不謹慎ながら、もう二度と会うことはない。その事実が私を安心させてくれた。
コーヒーを一口飲む。
あの女との一件はトラウマになりそうな程に怖かった 。しかし幸いなことに、フラッシュバックや不眠症といった心的外傷からくる様な症状には悩まされていない。
むしろ最近は寝つきが良い。速く深く眠りに落ちて、朝には清々しく目覚めている。勉強や生徒会、学級委員にその他色々で張り詰める様だった私の心は、今とてもリラックスしている。深い睡眠がストレスを溶かしてくれているようだ。
食事を済ませて身支度を整える。
「行ってきまーす」
もうあの女はいない。
私は晴れやかな気持ちで家を出た。
―――数か月が経ち、事件が世間でも私の中でも風化しつつあった頃、書店である雑誌が目についた。
『■■■町未解決事件。女性を牛に詰めたのは宇宙人!?』
あの事件で特集を組んだ見出しの『ディープスコープ』というオカルト雑誌だった。いつもなら見向きもしない雑誌だが、あの女性の事件という事もあって私は手に取ってみた。巻頭の特集記事を開く。
内容は犯人は宇宙人だとか、牛と人間のハイブリッドを作ろうとしただとか、突拍子もない記事がほとんどだった。呆れて雑誌を閉じようと思った時、最後の警察関係者に行ったというインタビューに目が留まる。
【事件についての印象は?】
アレは不思議な事件でしたよ。牛の腹を裂いて女性が詰められてた訳だけど、ご丁寧に裂いた腹を縫ってるんだ。しかもその縫い目の止めっていうの? 最後の処理あるでしょ、縫った最後に括って終わらせるやつ。アレが牛の腹の中にあったんだよねぇ。
【腹の中に縫い目の終端があったと?】
そうそう、まるで内側から縫ったみたいに。
【お話を聞く限りでは自分で牛の腹の中に入った様に感じられますね】
まぁ、そう考えると辻褄があいますわなぁ。でも考えられますか?自分で牛の腹を裂いて入って、ご丁寧に縫い合わせるなんて。
【警察の見解としては自殺? 他殺?】
他殺って線が濃厚だったね。彼女の身辺調査を行ったけど特に自殺するような要因は見つからなかった。まぁ少し偏った思想を持ってたくらいだね。薬物の常習性もないようだった。ちょっと最近人付き合いは悪かったみたいだけどね。
【遺体の状態を伺っても?】
遺体の状態は酷かったね。手とか足の指は全部くっついてて顔も溶けてるみたいにパーツの輪郭不鮮明になってた。
そういや鑑識が変なこと言ってたな。指がくっついてたり顔のパーツが不鮮明になってる事について、普通腐敗する過程じゃこうはならないって。崩れていくことはあってもこんな溶けて癒着するなんてありえないらしいねぇ。
それを読んだ私の顔は蒼白だったと思う。
彼女の発言を思い出していた。
「だから私ね。産まれなおす事にしたの」
生物の体内にいて、その体の輪郭が不鮮明、それって……
彼女が牛の腹に入った後、誰にも発見されずに時が経っていたらどうなっていたのか。私は考えずにはいられない。
ふと匂いがした。濃密で形容しがたい、滴る粘液の匂い。
インタビュー記事のある一文を読んで私はすぐに雑誌を棚に戻し。小さく震える体で店を出た。
身体はグズグズに溶けてたのにさぁ。
生きてたみたいなんだよねぇ。
俺達が牛の腹から取り出すまで。
きっと神様の贈り物 葦名 伊織 @ashinaaa
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