春よ来い、雪うさぎ
香秋 ちひろ
第1話
吐く息が白い。ふわふわ、ふわふわ、たくさんの雪が空からとめどなく落ちてきて、通学路にある街路樹も、よく行くコンビニの看板も真っ白に染まってる。どこかのおうちの玄関先には雪だるま。その顔は笑ってるのに、さびしそうにも見える。
「未紗、私やっぱり決めた! 今度のバレンタインデーに柊くんに告白しようと思う」
今日、親友の梨花からそう聞かされた。
「えっ?」
「うまくいくかどうか分からないけど、このまま自分の気持ちを押さえこんでいても苦しいから、ちゃんと伝えようと思うんだ」
「す……すごいよ、梨花! ずっと柊くんのこと好きだって言ってたもんね。梨花の気持ち、きっと柊くんに伝わると思う!」
あたしは、精いっぱいの笑顔で答えた。ちょっとでも気を抜くと涙がこぼれてしまいそうだったから。
「あたしも告白しようと思ってたなんて、とても言えないよ……」
雪がしんしんと降るなか、あたしはひとり、そっとつぶやいた。
あたしは、柊くんとは中学一年のころから同じクラスだった。スラッと背が高くて、やさしそうな目元が特長。性格も明るいので男子からも女子からも人気が高い。柊くんとはたまにしかしゃべったことがないけど、笑顔がほんとうに幸せそうな感じで、いつの間にかあたしもうれしくなってたっけ。あのときは勇気が出せなかったけど、中二の今なら好きだって伝えられる! そう思ってたのに。
「あれっ、ここどこ?」
学校からの帰り道、ずっとぐるぐる悩んでいたせいか、いつもとはちがう道を曲がっちゃったみたい。目の前には雪をかぶったウサギの石像が二体並んでる。その奥には大きな鳥居。そばの看板にはこう書いてあった。
「縁結びの神さま 愛兎神社……?」
聞いたことのない神社。このウサギ、狛犬の代わりなのかな? めずらしい。それに縁結びの神さまなんだ。ちょっとのぞいていこうかな。
境内には誰もいない。とっても静かで、なんだか神秘的。もしかして、ここならあたしのお願いも届いたりして。おさいせんを入れて、パンパンと手をたたく。
「神さま、どうかあたしの悩みを聞いてください……!」
「おぉ、承知した」
えっ?
驚いてパッと振り返ると、背後に見知らぬひとがいた。そのひとは気だるそうにあぐらをかいたまま、宙に浮いていた。
「それで、このわしになんの用じゃ? 娘よ」
しゃべりかたこそおじいさんみたいだけど、その姿はあたしと同い年くらい。ゆるやかなパーマがかかった銀髪に白い狩衣姿。真っ赤な瞳が雪のように白い肌によく映えている。
「あ、あなたは?」
「わしはこの神社の祭神 睦斗じゃ」
ええっ、祭神???
「あなた、神さまなの?」
「そうじゃ、悩みがあるなら話してみよ。ほら、早く。わしは気が短いんじゃ」
……ちょっと、調子くるうなあ。
「ほう、親友と同じ男を好きになったのか。それはめんどくさいことになったな」
睦斗さまはボリボリ頭をかきながらそうつぶやいた。
「去年の秋に梨花から聞かされたの。好きなひとがいるんだって。あたし、全力で応援するよって梨花に言ったんだけど、それがまさか柊くんとは思わなくって」
「そなたは、その柊とかいう男に告白はせんのか?」
「それがいちばんの問題なの。告白したいけど、もし失敗したらこわいし、梨花との関係もダメになりそうだから」
睦斗さまはうんうんとうなずき、
「昔から二兎を追う者は一兎をも得ず、と言うからのー。よし、わしが手助けしてやろう」
「手助け?」
「わしは縁結びの神じゃ。そなたさえその気なら、その柊というヤツと両思いにしてやろう」
「うそ、ホントに?」
睦斗さまは、八重歯をのぞかせてニヤリ。
「ああ、だが今から言うことをしっかり守るんじゃぞ? いいな」
次の日、あたしはニンジン二本を持って愛兎神社にやって来た。睦斗さまに言われたとおり、ウサギの石像二体の前にそれぞれニンジンを供えると、上機嫌の睦斗さまがあらわれた。
「よしよし、その調子じゃ。二週間後のバレンタインデーまで欠かさず続けるのじゃぞ」
「ホントにこんなので両思いになれるんですかー???」
「何事も信心が大事じゃ。サボらずはげめよ」
睦斗さまってば、あたしがお供えしたニンジンさっそくかじってる。
あたし、いいように使われてるだけなんじゃないのかな?
そう思っていたんだけど……。
それから、三日後のこと。
「あれ? 月森さん?」
たまたま寄ったコンビニで、誰かに声をかけられた。柊くんだ! 思わず心臓がドキン! と高鳴る。
「柊くんも買い物?」
「シャーペンの芯がなくなったから。月森さんは?」
「あたしは、寒いからココアでも飲もうと思って」
「あ、オレも同じの買おうかな。じゃあ、またね月森さん」
柊くんがあたしに向かって軽く手を振った。
「うん、また明日ね!」
わあ、学校以外で柊くんに会えちゃった。
もしかして睦斗さまのご利益なのかな?
「その顔、さてはうまくいったようじゃな」
「えへへ、分かります?」
つい口の端から笑みがこぼれてきちゃうよ。
「これで満足せず、これからも供物を持ってくるのじゃ。でなきゃ願いはかなわんぞ」
睦斗さま、今日もあたしのニンジン、ゴリゴリかじってる。のどにつまらないのかな。
「あ、ココア飲みます? 睦斗さまのぶんも買ってきました」
「ウサギはココア飲まん! でもこのあったかさは悪くないのう」
あらら、ココアの缶にほおずりしてる。睦斗さま、そういうところちょっとかわいいな。
それからもあたしは愛兎神社にニンジンを供え、しだいに、あたしと柊くんは、いろいろな場所で偶然出会うことが続いて、話す機会も増えてきた。
「あはは、月森さんの話おもしろいね」
「そう? あたしも柊くんとしゃべってると楽しいな」
柊くんとも少しずつ親しくなってきてる。この調子だと、ほんとうに両思いになれたりして……。
そして、いよいよバレンタインデーが近づいてきたころ。
「未紗、相談があるんだけど」
お昼ごはんのとき、梨花がポツリと言った。
「なに?」
「私、自信がなくなってきちゃったんだ。柊くんに告白するの」
「えっ? どうして?」
「もし告白して嫌われちゃったらどうしようって思って。好きなひとに好きですって伝えたとたん、嫌われることほど悲しいことってないもん。そんな苦しい思いするくらいだったら、だまっておいたほうがいいのかなって……いくじなしだよね、私」
梨花はつらそうに目をふせた。
「よかったではないか。そなたにチャンスがめぐってきたのじゃぞ」
状況は、確かに睦斗さまの言うとおりになってきてる。
「だけど、このままでいいのかな?」
あんな悲しそうな梨花の顔、今まで見たことないよ。
「どのみち、バレンタインデーはまもなくじゃ。そなたがニンジンさえ欠かさず供えれば両思いは晴れて成就する」
そうだ。ずっと胸にしまっていたこの願い。もう少しすればかなうんだ。
だけど、だけど、だけどーー。
「梨花、柊くんに告白しなよ!」
バレンタインデーの前日、あたしは梨花にそう告げた。
「でも……」
とまどう梨花にあたしは言った。
「実はね、今までだまってたけど、あたしも柊くんのことが好きだったの」
「えっ、未紗も?」
「そう。中学一年生のころから。でも、どうしても告白する勇気がなかったの。だから、ちょっとズルい方法に頼ったの。でも、それじゃダメだったんだ。あたしはただ逃げてただけ。梨花からも、自分の気持ちからも。どうしても梨花の柊くんに対する想いにはかなわないなって、そう思ったの」
「未紗……」
「大丈夫、梨花ならきっとうまくいくよ。梨花のまっすぐな心、必ず柊くんに届くと思う」
そして、バレンタイン当日。
「ごめんなさい、今日はニンジンはありません」
あたしは睦斗さまにペコっと頭を下げた。
「おかしなヤツじゃの。あともう少しで願いがかなったというのに、自分からフイにするなんて」
睦斗さまは頭の後ろで手を組みながら、やれやれとあたしを見下ろしている。
「きっとこれでよかったの。ほら、これ」
あたしは睦斗さまにスマホを近づけ、梨花からのLINEを見せた。
「柊くんへの告白、うまくいったそうです」
コンビニで買ってきたココアを睦斗さまに手渡し、あたしもココアの缶のフタを開けた。
「ああ、ホッとしたなあ」
少し苦味のある甘い香りが、湯気とともに雪の境内にふわっと広がる。氷がゆっくり溶けていくみたいに、あたしの目から涙がひとつ、ふたつ、ポロポロとあふれ出た。
「おせっかいなヤツじゃの、そなたは。またわしの飲めんココア買って来おって。だけど、そなたのそういうところ、キライではないぞ」
睦斗さまが、よしよしとあたしの頭をなでた。ココアみたいにあたたかい手。さらに涙があふれ出てきて止まらなくなる。
「そう泣くでない。見てみろ、そなたの目は泣きすぎて真っ赤じゃ。わしとおそろいになってどうする」
「べ、別におそろいにしたくて泣いてるんじゃないもん!」
思わず言い返したら、なんかおかしくて笑えてきちゃった。泣きながら笑っているあたしの顔を見て、睦斗さまも大笑い。
だけど、そのあと、急に優しいまなざしを浮かべて、
「未紗、そなたもまっすぐな心の持ち主じゃ。そなたが幸せになれるよう、これからも見守っておるからの」
と、あたしに向かってほほえんだ。
「睦斗さま?」
気がつくと、睦斗さまの姿は消え、あたりには真っ白な雪と、ココアの香りだけがかすかに甘く残っていた。
それから季節が変わり、あたしたちは中学三年生になった。梨花とはクラスが離れちゃったけど、柊くんとのお付き合いは順調らしい。
あたしも、また好きなひとができたら、梨花を見習って今度はちゃんと勇気を出そう。
「その前に、まずは新しいクラスでも友だちを作らないとね」
クラス表を見たら、あんまり顔見知りの子がいなかった。うまくやっていけるかな……。
ちょっと緊張しながら教室のドアを開けると、
「おぉ、しばらくじゃのう」
聞き覚えのある声がした。あたしの席の後ろで男の子が机にあぐらをかいて座ってる。
ウェーブのかかった明るい色の髪の毛、それにぱっちりとした赤茶色の瞳。うちの学校の制服着て、さもふつうの男子中学生ぽくみせてるけど、まちがいない。
「睦斗さま、なんでここに?」
目が点になっているあたしを見て、睦斗さまはにっこり笑った。
「言ったはずじゃ、そなたが幸せになれるよう見守っておると。そんなわけで、これからはクラスメイトじゃ。ニンジン五十本持ってきたら親友になってやってもよいぞ」
「もうっ、なにそれ!」
睦斗さまったら、相変わらずだなぁ。
風はまだ冷たいけど、校舎の窓から見える桜の木は少しずつ花を咲かせはじめてる。
冬もそろそろ終わりかけのある朝、あたしにとって、ちょっぴり不思議な春が訪れたみたい。
おわり
春よ来い、雪うさぎ 香秋 ちひろ @quemukosan
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