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 その日、彼女は半年ぶりに家に帰ってきた。


 とても久しぶりの再会。なのに、朝からとてもあわただしくしている。今日はまだ一度も、顔だって合わせていない。


「愛菜ー? 急がないと淳平じゅんぺい君が待ちくたびれちゃうわよー」

「わかってるってばー」

「あはは。大丈夫ですよ、お義母かあさん」


 最後の声は、最近になってときどき、この家で聞こえてくるものだった。それがどんな人なのか、ぼくはもちろん知っている。

 でも、ぼくはその人のことはあんまり好きになれなかった。


 ……だって、ぼくの大切な人を、遠くに連れていってしまう人だから。


「あっ、アサガオ!」


 寝床ねどこで身体を丸めていると、彼女の声がふってきて。すぐさまぼくは顔を上げる。彼女はしゃがみこむようにぼくを見ていた。


「せっかく帰ってきたのに、あんまりかまってあげられなくてごめんねー」


 彼女は、とてもきれいになっていた。ランドセルを背負っていたころも、せいふくに身を包んでいたときもきれいだったけど、今がいちばんきれいだ。ぼくにはそう思えた。


 これからも、どんどんきれいになっていくんだろう。でも、それをいちばん近くで見ることは、ぼくにはもうできないんだ。


「おーい、愛菜ー。行くぞー」

「はーい」


 彼女が立ち上がる。反射的にぼくも立つ。今までずっと、そうしてきたから。


「アサガオ」


 ぼくの名前を呼ぶ。そして、頭をなでてくれる。それはもう、やさしく。やさしく。


「それじゃあ……またね・・・


 そうして彼女は、ぼくに背を向ける。今まで言われたことのないことばで、この家を出ていく。


 好きだよ。

 大好きだよ。

 どこまでも響いていけと。そう願いをこめて。

 ぼくは「わん」と鳴いた。













 だけど、これは決して伝わることはない。

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ぼくは鳴く。 今福シノ @Shinoimafuku

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