迷探偵の解決法
@r_417
迷探偵の解決法
***
「おはよう、佐藤くん! 昨日はどうもありがとう。本当に助かったー!」
学級委員の仕事のひとつ、ノート集め。
昨日、集めたノートの中に不自然な厚みを感じる一冊があった。
ノートの主は橘さん。塾に入る時に使用するICカードがノートに挟まっていたことが原因だった。
「いえいえ。橘さん、塾は間に合った?」
「佐藤くんのおかげで滑り込みセーフだったわ!」
橘さんはICカードを失くしたことに気付き、探し回っていたらしい。
僕が手渡した時、『お礼はまた明日!』と叫んではいたけれど、律儀にお礼を言いに来てくれるとは思っていなかった。だけど、感謝されるのは素直にうれしい。
「それは良かった。次からはノートと一緒にICカードを提出しないでね」
「あはは、気を付けるよー。だけど」
「……?」
「佐藤くんが学級委員の間は危機意識、薄いかもしれない」
「えー、それはどうなの?」
「だって、佐藤くん。観察力と洞察力が抜群でフォローもバッチリ期待できるし!」
「いやいや。そんな責任、僕には重すぎだよ」
評価してくれるのは有り難いけど、僕だって万能じゃない。
もちろん、可能なことはフォローするけれど……。
そんなことを思っていると、小馬鹿にする声が聞こえてくる。
「そうだよねー。佐藤には重すぎるよなあ」
「え……住、吉?」
「はーい。呼ばれて参上! 観察力と洞察力が抜群な名探偵・住吉とは俺のこと!」
大威張りで名探偵と自称する住吉くんの目を盗みながら二人揃って、小声でボヤく。
「……ええええ、誰も呼んでないんですけど」
「まあ、そうは言っても……。クラスメイトが教室にいること自体は何一つ問題ないんだよね」
「でもさ、ぶっちゃけ……住吉、失礼すぎない? 迷探偵のくせに」
橘さんの歯に衣着せぬ物言いは嫌いじゃない。むしろ、僕は好きだったりする。だけど、住吉くんが耳にすると話がややこしくなること間違いなし……。
というわけで、僕は橘さんをなだめることに心血を注ぐ。元はと言えば、僕のために怒ってくれているわけで……。橘さんを助けたくなるのは当然だと思う。
「佐藤なんかより、俺の方が何倍も力になるぞ!」
僕たちの会話が耳に入っていない住吉くんは声高らかにアピールする。
僕を引き合いに出さずに、自分の実力だけアピールすればいいのに……。
「というか、そこ。何千、何万倍ではなくて、数倍程度なんだね」
「ははは、橘さん。なかなかエグいねえ」
「……そうかしら?」
「ソウデスヨ。まあ、ぶっちゃけ。そういうツッコミ、嫌いじゃないですけど」
「あははは、佐藤くんの方がよっぽどエグいわよ」
だいたい小声で進行する話はエグいものだ。
他者に聞かれたくない話である確率が高いのだから。
「おーい! お前たち。名探偵の話、聞いてるか?」
徐々に苛立ってきた住吉くんの暴走を抑える意味も込めて、僕たちはおもむろに声のボリュームを戻してみる。
「はーい(聞いてないわ)」
「はいはい(聞き流してるよ)」
「よろしい!」
どうやら住吉くんは注目さえ集めれば満足するらしい。明らかな棒読みな返事に関するクレームは一切なかった。
「ところで、佐藤!」
「……?」
「佐藤は名探偵の条件は何だと思う?」
鼻息荒く尋ねる住吉くんの横顔を見ながら、面倒くさいという言葉をグッと呑み込む。
「観察力と洞察力かな?」
「そう! その通り! その二つなくして名探偵は誕生しない!! 反対に、観察力と洞察力、二つの能力を有しているなら名探偵とふんで間違いない!」
ああ、この流れ……。
今日もまたはじまるか?
「その点で、俺は実績もある! 商店街の懸賞金付き迷い猫大発見という実績が!!」
「てか、発端は迷い猫と戯れ合う不審者としての通報だったって話では…」
「シーッ、橘さん! 余計ややこしくなるから大人の対応、よろしく」
「……っ、それもそうね」
しかし、フォロー虚しく住吉くんは暴走する。
「実績もない佐藤に観察力と洞察力があるとか笑わせるなよ、はははっ」
住吉くんの高笑いに橘さんは、声を震わせている。
「ごめん、佐藤くん……。やっぱり、我慢できない。たかが迷探偵のくせに失礼すぎる!!」
「そうだね、橘さんのムカつきは当たり前だと思うよ。だけど、橘さんが泥を被る必要ない」
「……へ?」
「無駄な争いは嫌いだけど、我慢が美徳とも思わないから」
「佐藤くん……!?」
「そういうことで、少々お目汚し失礼するよ」
声を張り上げ、仕掛けにいく。
「住吉くん!!」
「ん? 何だ?」
「名探偵である住吉くんに解いて欲しい」
「何だ、何だ?」
「先週、入院中の祖母から四つの差し入れを頼まれた。推理小説の新装版、ストール、レターセット、シュークリーム。だけど、一つだけ入手することができなかった。ならばと、お詫びとフルーツを一つ忍ばせてみた。すると、意外なほど祖母は大喜びしたんだけど……。そのフルーツがいったい何か。名探偵なら朝飯前だよね?」
「…………っ! 当たり前だろお……」
チラッと見上げた教室の時計は始業開始五分前を指していた。
***
答えを先に述べてしまえば、祖母が喜んだフルーツは『みかん』。
紛れ当たりも期待できる定番の差し入れなのだが……。
「大喜びといえば、高級品! メロンで決まりだろ?」
「違うんだなあ」
「だったら、佐藤錦とか?」
「それも違う。ついでに言うとさくらんぼが違う」
「……! 果物の王様!! ドリアンか?」
「いや、それ……。普通に嫌がらせにならないか?」
「そ、そうだよな。じゃあ……」
キメ顔で答えたメロンを皮切りに、まさかの品種指定の佐藤錦、周りに対する気配りガン無視のドリアン、情熱を届けるパッションフルーツ……。
予想を裏切ることなく、住吉くんは下手な鉄砲も数撃てば当たる戦法をチョイスするものの全く当たる気配がない。
「……ならば! いちごだ!」
「いちごも違うんだなあ……。というかメロンの時も思ったんだけど、野菜か果物か論争に発展するリスクがあるから、果実的野菜は真っ先に除外して考えると思うんだけど、そこのところ名探偵としてはどう考えてる?」
「も、もちろん。ないとは思ってるけど、相手が素人である限り、分からないだろう?」
住吉くんの苦し紛れに呟く言葉を聞いて、傍にいた橘さんがボソッと僕に語りかける。
「え、自分こそ素人じゃないの?」
「まあ、誰しも素人かもね。特に僕たち中学生なんて」
住吉くんにも聞こえる声で答えながら、発言がストップしてしまった住吉くんにヒントを投げかけてみる。でも、それは決して優しさからじゃない。
「住吉くん、渡したフルーツの役目はお茶を濁すだけじゃないんだ」
「どういうことだ?」
「つまり、依頼品が手に入らなかった事情を伝える意味合いも兼ねていたってことさ」
「……はあ〜? なんだ、それ?」
予想通り、住吉くんは混乱している。
渡したフルーツに意味があると知って、次々と当てずっぽうに答える勇気はなかなか生じにくいだろう。……僕も大概、性格が悪いなあ。
***
教室の時計を見ると、早くも残り三分を切っている。
引き延ばすほどの価値もないだろう。そろそろ着地点を狙って行こうか。
「ところで住吉くん。僕が祖母へ用意できなかった依頼品はわかった?」
「……え、……推理小説の新装版、だろ?」
上ずる声に、挙動不審な視線。
当てずっぽうで答えたのは火を見るよりも明らかだ。
だけど、良かった。授業開始まで時間がない。素直に住吉くんの勘が冴え渡り、的中してくれたことに感謝し、僕は褒めちぎる。
「さすが、住吉くん!」
「へへっ、俺にとってはこのくらい何てことないさ!」
「じゃあ、用意したフルーツも朝飯前だよね?」
「と、当然だろ……!」
そう言って、住吉くんは語り始める。
「推理小説の新装版を希望するくらいの婆さんだ。推理に不可欠な『りんご』だな!」
「ちょっと、住吉。何でりんごが推理に不可欠なの?」
「チッチッチ。橘には難しいだろうが、推理に事件は付き物。そして、事件といえば毒りんご!」
「だから、何でそうなるのよ?」
「橘は知らないか? シンデレラで毒りんごがカギになったことを。さすがに毒付きりんごを見舞いに届けるナンセンスなことはしないだろうし」
「大声でドリアンを答えた住吉がナンセンスを語るのなんか腹立つなあ」
「推理小説は読めなくても、推理を思い出すカギとなるりんごこそが答え! そうだろ、佐藤?」
「いや、まったく違う。悲しいくらいポイントがズレてる」
「住吉、ダッサー」
「じゃあ、何がポイントだって言うんだよ!?」
「ポイントは『推理小説』じゃない。『新装版』の方だよ」
「はあ? 新装版?」
苛立つ声色、余裕のない表情……。
割とヒントを投げたつもりだけど、住吉くんはまだ理解していないらしい。
仕方がない、もう少し解説するしかないか……。
「新装版ってさ、橘さんはどんなイメージがある?」
「え……。うーん……、そうだなあ。表紙が変わったり、ハードカバーが文庫になったり見た目が変わるイメージが強いかなあ」
「名前の通り、装いが新たになるケースが多いよね。つまり、新装版の中身が知りたいならオリジナル版を購入する手もあった。だけど、僕はオリジナル版を購入しなかった。それは元々オリジナル版を祖母が持っていることを知っていたからだよ」
「え、じゃあ、どうしてお前の婆さんは新装版を欲しがったんだ?」
「CDの初回限定盤と通常盤を買ったりするケースをイメージすると、理解しやすいんじゃないかな。つまり、オリジナル版も新装版も欲しいくらい入れ込んでいた作品ってわけ」
実のところ、祖母は作品というより、作家買いしていたんだけど……。話がややこしくなるから、だまっておこう。
「オリジナル版も新装版も欲しいくらい入れ込んだ作品と予想が付けば、発売直後だったことも理解できるんじゃないかな?」
「あ、そっか! コアなファンが発売日前に予約するように発売後即手に入れたい気持ちになる可能性は高いわよね!」
「そういうこと、橘さん」
塾に通うほど勉強熱心なこともあり、橘さんの理解力はとても良い。名探偵いや迷探偵の存在が早くもかすれかけている。そんな状況が悔しかったのだろう。嫌味ったらしく住吉くんが毒付いてくる。
「なら、佐藤。フルーツでお茶を濁すより、本屋を走り回って新装版を探す方が婆さんも喜んだだろ」
「ううん。それは不可能だったんだよ」
「不可能?」
祖母が欲していた『新装版』は刊行予定が変更になっていた。つまり、予定日には『未刊(みかん)』の状態だったことを伝える意図を含めるために『みかん』をチョイスしたわけだ。ここで最大のヒントを投下してみる。
「まあ、予定は未定であり、決定ではないってことさ」
「それって……!」
ようやく全てを理解した住吉くんが『みかん』と叫ぶより早く、授業開始を告げるチャイムが鳴り響く。
この勝負、僕の勝ちだよね。
何も問題を解くばかりが名探偵ではないはずだ。相手の力不足の自覚を促す謎を提供する手法だって、名探偵らしい解決だろう。……キミも、そう思わないかい?
【Fin】
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