第47話 ギルドマスターのねぎらい

 数日をかけて馬車を乗り継ぎ、俺たちはソグラトに帰り着いた。


 家には帰らず、まっすぐ冒険者ギルドに向かう。王都で起きたことを、一刻も早くギルドマスターのセクレケンに知らせたかったからだ。セクレケンは俺たちの話を聞いて、どんな判断を下すだろうか……


 ギルドに顔を出すと、受付嬢はすぐに俺たちをセクレケンの部屋に通した。机に向かっていたセクレケンが立ち上がり、俺たちを迎える。


「おお、戻ってきたか。ご苦労だった……」


 ソファーを勧められ、俺が真ん中に、ポレリーヌとチウニサが両隣に並んで座る。セクレケンは向かいのソファーに座り、旅支度のままの俺たちを見て言った。


「今、ソグラトに着いたところか。帰って早々、報告に来てもらって済まんな。それで、王都ではどうだった?」

「マスター。報告の前に、この手紙をお読みください」


 そう言って俺は、ゴルトーニに書かせた手紙の封筒を差し出した。受け取ったセクレケンは、少し戸惑った様子で封筒を見つめる。


「む? これはわし宛てか?」

「そうです。フガフガ家の当主、ゴルトーニ氏からマスターに宛てて書かれたものです」

「ほう。どれどれ……」


 セクレケンは封筒を開き、ゴルトーニのサインが入った手紙を読み始めた。見る見るうちに顔が青ざめ、目つきが険しくなる。


「ブイル……この手紙に書かれていることは本当なのか?」

「「本当です!」」


 俺が答えるより早く、ポレリーヌとチウニサが声を張り上げた。二人はセクレケンに向かって、王都での出来事を代わる代わる、矢継ぎ早にまくし立てる。フガフガ家の屋敷に着いてすぐ、警備隊幹部のメルフィウスに喧嘩を売られたこと。彼女たちがメルフィウスの手下たちを蹴散らしたこと。俺がメルフィウスを撃破したこと。そしてメルフィウスがフガフガ家をクビになり、ゴルトーニから一連の事件を秘密にしてほしいと言われたこと……王都にいたときから、相当怒りが溜まっていたのだろう。事件と無関係なセクレケンに、食ってかからんばかりの勢いだった。


「…………」


 二人の話を無言で聞いていたセクレケンは、悲痛な表情でうなずいた。


「分かった……しかしその状況で、よくゴルトーニ氏がこの手紙を書いたものだな」

「そのことなんですが、普通に頼んでも書いてもらえませんでした。そこで……」


 ゴルトーニに誤った情報を与えて怯えさせ、手紙を書かせたことを、俺は包み隠さずセクレケンに話した。


「なるほど。そういうことか……」

「出過ぎた真似だったかも知れません。ただ、このまま何の証拠も取らずに帰っては、後でしらを切られるんじゃないかって思いまして」

「確かにこの様子では、わしが問い合わせても、知らぬ存ぜぬで通された可能性もあるな……」

「……おそらくゴルトーニ氏は、メルフィウスをクビにする前に鼻っ柱を折っておこうとして、俺たちを呼んだのだと思います。状況から俺がそう思うだけで、証拠はありませんが……」


 セクレケンは無言で立ち上がると、窓に近づいて外を眺めた。


「真相はどうあれ、フガフガ家の者が我がギルドのメンバーを一方的に攻撃したのは事実だ。その上謝罪もなく、フガフガ家の名誉を守るために、ただ内密にしてほしいとはな……我がギルドも軽く見られたものだ。そこまで都合の良い存在だと思われておったのか……」

「マスター……」

「今まで、仕事上のやりとりは、この近くにあるフガフガ家の支部と行っていた。それゆえ、当主であるゴルトーニ氏の人となりを知る機会があまりなかったのだ。やり手であるとは聞いておったが、まさかそのような人物だったとは……」


 ソファーに戻り、また俺たちと向かい合うセクレケン。


「済まなかった。このようなことが起きると分かっていたら、決してお前たちを王都になど行かせなかった。全てはわしの読みの甘さだ……」

「俺たちなら大丈夫です。それで、この後のことなんですけど、マスターにお任せしても良いでしょうか?」

「ああ……お前たちは実によくやってくれた。後はギルドマスターたる、このわしの責任だ。帰ってゆっくり休んでくれ。今回の埋め合わせは、いずれ時期を見てさせてもらおう」

「期待しないで待ってますよ。マスター」


 ギルドマスターへの報告という、最後の仕上げを無事に終えて、俺はやっと肩の荷が下りたような気がした。俺たちはセクレケンに挨拶してその場を去ると、家に帰って泥のように眠ったのだった。


 ☆


 次の日、俺がギルドを訪れると、受付嬢に呼ばれてセクレケンの部屋に行くように言われた。部屋に入ると、セクレケンは机に向かっていた。机の上には、封筒が一つ置かれている。


「マスター。どうしました?」

「ゴルトーニ氏への手紙を書いた……出す前に、お前に一言話しておこうと思ってな」

「そうですか……それで、中には何と?」

「内容はこうだ。『そちらの要望通り、今回の件を世間に向けて公表することはしない。ただし、公開の場で謝罪があるまで、一切の付き合いを絶たせてもらう』とな」

「いいんですか? 確かフガフガ家からは支援を受けていたかと……」

「うむ。得か損かで言えば、損になるだろうな。しかし、泣き寝入りしてこのまま付き合いを続けていけば、いずれまた我がギルドの者が、理不尽なことに巻き込まれる恐れがある。ギルドマスターとして、そんな事態は容認できん。たとえ、目先の金を失うとしてもだ」


 俺は「分かりました」と言ってうなずいた。


「正直な気持ちを言えば、洗いざらい世間にぶちまけてやりたくもあるのだがな。事実を公表して、『ソグラトの冒険者は、王都の冒険者よりまさっている』と主張するのも悪くない……」

「マスター。それは……」


 冗談めかして言うセクレケンに、俺は苦笑した。


「ただ、フガフガ家がどう出るか分からん。少なくともしばらくは、向こうが世間に知られたくない秘密をこちらが握っておいた方が良かろう。お前がゴルトーニ氏に書かせた手紙のおかげで、それができる……改めて、よくやってくれた」

「恐れ入ります。フガフガ家がこちらに嫌がらせでもしてこない限り、秘密は守られるというわけですね」

「そういうことだ。もっとも、我がギルドがフガフガ家の支援を断ることで、何かしら世間の憶測は呼ぶだろうが……そこまでの責任は持てん」

「ははっ……」


 俺はもう一度笑顔を見せると、机の上にある、セクレケンが書いた手紙に目を落とした。


 結果から言うと、その手紙はゴルトーニの手元に届かず、ソグラトに戻ってくることになる。しかし、このときの俺は、そんな未来のことを知るよしもないのだった。


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 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 フガフガ家編、もう少しだけ続きます。

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生き残るだけの無能はいらないとパーティー追放されたので、認めてくれる新しい仲間達と成り上がります。俺がいないと生存率下がるらしいけど、そっちはそっちで元気にやってくれ ひつりひ @hitsurihi

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