その3 病院おことば集①「コンサルテーション」「御侍史」「近医」「IC」「MSW」
更新しないまま延々放置してしまい申し訳ありませんでした。このエッセイは医学・医療の分野に数多く存在する紛らわしい「ことば」を医療関係者でない市民に向けて解説するエッセイなので本来の目的からはやや外れますが、そろそろ更新を再開したい思いもあるので某所で発表したスライドの内容を流用して「病院おことば集」シリーズを始めることにしました。
現代日本には医療現場でしか使われない用語、もしくは一般用語であるものの医療現場では特別な意味を持つ用語が多数存在しています。特に大学病院や大規模市中病院をはじめとした臨床研修指定病院ではこのような専門用語が現在でも広く用いられており、このシリーズでは私自身が臨床研修指定病院での研修医生活で特に印象に残っている「病院のおことば」を取り上げて簡単に解説していきます。
なお、ここで言う「病院」は前項で述べた病院の定義(20床以上の入院患者用ベッドを有する医療機関)とイコールではなく、病院の中でもほとんど全ての診療科が揃っており初期臨床研修医を毎年採用している大規模な病院(臨床研修指定病院)のこととお考えください。こういった大病院ではどのような「おことば」が用いられているのでしょうか。
「コンサルテーション(こんさるてーしょん)」
【概要】
英語的には「相談」「協議」といった意味だが病院では「ある診療科の医師が患者の治療方針について他の診療科の医師に相談すること」を指す。救急科の医師が心筋梗塞疑いの患者について循環器内科の医師にコンサルトする、消化器内科の医師が慢性腎不全を合併している患者について腎臓内科の医師にコンサルトするといった場合があり、精神科の医師がてんかん疑いの患者について脳波検査を専門とする精神科の他の医師にコンサルトするなど場合によっては同じ診療科の医師に対してコンサルテーションが行われることもある。単純に電話をかけて相談することもコンサルテーションに該当するが、電子カルテが導入されている病院では電子カルテ上でコンサルテーションを行う機能が実装されており主に電子カルテ上でコンサルテーションが行われる。
【例文】
「泌尿器科の先生へのコンサルテーションに本日回答があるため確認して治療方針を再検討する」「気胸疑いの若年男性のため早急に呼吸器外科にコンサルトを行う」
【意味合い】
大学病院や500床以上を有する市中病院など規模が大きい病院ほど各診療科ごとの専門性が高まる、悪く言えば専門外の疾患は診療したがらない医師が増えるためコンサルテーションの機会は多くなります。コンサルテーションに対しては単に治療方針の教示が行われて終わることもあればその患者についてコンサルテーションされた側の診療科も新たに担当して診療を開始する(共観となる)こともあります。
【個人的な感想】
以前X(旧Twitter)で腎臓内科へのコンサルテーションのことを「腎臓一緒に診てくれや」と表現されていた医師がいて上手い! と思いました。ちなみに表現としては「コンサルテーションを行う」もしくは「コンサルトする」が正しく、医師になったばかりの研修医がカルテに「コンサルタントする」などと書いて恥をかくことがあります(コンサルタントは「相談に乗る人」の意)。
「御侍史(ごじし)」
【概要】
医師もしくは歯科医師宛ての手紙、紹介状、コンサルテーション文章等で用いられる敬称。「○○先生御侍史」「御担当医先生侍史」といった形で用いられる。御侍史は元々「偉い先生(である医師・歯科医師)に直接手紙をお届けするのは失礼に当たるため秘書さんなどお付きの人(侍っている人)にお届けする」という意味で、ほぼ同義の言葉に「偉い先生(である医師・歯科医師)に直接手紙をお届けするのは失礼に当たるため机の下に置いておく」という意味の「御机下(ごきか)」がある。ただし御侍史と書かれていても現代では医師もしくは歯科医師に直接届けられることがほとんど。
【例文】
循環器内科 ○○先生御侍史
平素より大変お世話になっております。今回ご紹介させて頂く患者さんは胸痛のためX月Y日に当院救急外来を受診された83歳男性の方で……
【意味合い】
病院では院内の他診療科へのコンサルテーション文章や地元の診療所への紹介所が書かれる機会が非常に多いため、研修医が真っ先に覚える必要がある専門用語の一つ。「○○先生へ」などと書くのは禁忌。「○○様」などはもってのほか。
【個人的な感想】
美しい日本語だとは思いますが大学病院の教授や准教授、市中病院の院長という訳でもない医師・歯科医師にわざわざ大げさな敬称が必要なのかとは思います。学校の先生や弁護士さん宛ての手紙には普通「○○先生」としか書かれません。将来的には「御侍史」「御机下」といった専用の敬称は廃止していった方が医師・歯科医師のパターナリズムの解消にもなってよいのではないでしょうか。
「近医(きんい)」
【概要】
「患者が自宅から容易に通院できる地元の診療所またはその医師」のこと。病院を退院後に外来でのフォローをお願いする、病院に患者さんが紹介されて入院となるといった場合に「近医でフォロー」「近医の○○クリニックより紹介」といった文言がよく用いられる。「かかりつけ医」と近い意味を持つが「近医」は施設を指すこともあり、「かかりつけ医」と呼ばれるには何度か通院している必要があるが「近医」は1回きりの受診でも「近医」と呼ばれる。
【例文】
「発熱のため近医を受診し、結核疑いで当院紹介受診となった74歳男性」
【意味合い】
「患者が自宅から容易に通院できる地元の診療所またはその医師」をたったの2文字で表現できる非常に便利な言葉。
【個人的な感想】
近畿大学医学部医学科の略称と紛らわしい以外は特に問題のない優れた用語だと思われます。
「IC(あいしー)」
【概要】
本来は「インフォームド・コンセント」の略称であり、患者やその家族が医師をはじめとする医療スタッフから説明を受けて(=インフォームされて)医療行為の実施に同意する(=コンセントする)ことを指す。しかし病院では「患者やその家族にご来院頂いて(もしくは電話で)患者の病状を説明し、場合によっては新たに行う医療行為について同意を得ること」という狭い意味で用いられることが多い。
【例文】
「せん妄を起こした患者について精神科医師に介入を依頼するため家族に電話でICを行った」
【意味合い】
上記の複雑な行為をたったの2文字で表現できるため非常に便利。
【個人的な感想】
本来的なインフォームド・コンセントが意味する範囲からかなり縮小されてしまっているため、ICではなく別の用語を創った方がよいように感じます。
【MSW(えむえすだぶりゅー)】
【概要】
医療スタッフの職種の一つである「医療ソーシャルワーカー」のこと。入院患者さんの退院後の生活環境確保のための社会的手続きや転院となる場合の転院先の調整を行う極めて重要な職種で、特に入院・退院・転院患者いずれも非常に多い救急科はMSWさんがいないと完全に機能不全に陥る。
【例文】
「尿路感染症が改善傾向となった患者についてMSWさんに転院調整の開始を依頼した」
【意味合い】
普通に「ソーシャルワーカーさん」と読んでも文字数はあまり変わらないものの慣習的に「エムエスダブリューさん」と呼ばれる病院がある。
【個人的な感想】
カルテに略称としてMSWさんと書く分にはいいと思うのですが、私自身はできるだけ正式名称の「ソーシャルワーカーさん」と呼びたいです。
医のことば ~医学生と医大生と医学部生と医療系学生~ 輪島ライ @Blacken
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