第57話 もう一人の私へ

気が付くと、そこは――

「あれ? 私どうして……ここに……?」

一体何が……全部、夢……にしてははっきりと覚え過ぎてる気がするし……んんんん?

ちょっと記憶がはっきりしないな。なら順を追って整理して……


まず私はどうやってここに来た?

ええと、自分からここに来た記憶は……無いな。

て事は意識が途切れている間にここに流れ着いたのか、それとも誰かに運ばれたのか?

ん…………誰かに?

今一瞬何かが閃いた気がする。私が最後一緒にいた誰かと言えば――


そうだ!!

「バステト様! アヌビス様! 何処!?」

一緒に空間の穴に吸い込まれたんだった!!

慌てて辺りを見回した私が見たのは――


「にゃ! やっと起きたにゃ」

「心配したワン」


部屋の隅にある私のベッドからちょっとだけ離れた、部屋の真ん中にあるソファから立ち上がった二つのモフモフ!


バステト様とアヌビス様は私に駆け寄ると、交互に私の頭とか肩に手を……手を……


手が届かなかった二人は結局ベッドによじ登ってから上半身を起こした私の両脇に立ち、そこからようやく私の頭とか肩をその肉球でポンポンと軽く叩き始めた。


「あははは……はは……」

その二つの柔らかな肉球からは二人の暖かな意思が伝わってきて、私はホッと胸を撫で下ろした。

と同時に二人から感じたのはその強い存在感。そうだ、二人とここで――この神域で会っていた頃は必ず感じていたこの存在感、神気溢れるその様子は――


これってもしかして……?

「二人とも神様の身体に……戻ってる?」

「にゃ! それに実花も元の身体にゃ」


そう言ってバステト様が私の前に実体化させた姿見には、見慣れた日本人姿の――『実花』が映っていた。

久し振りに見たその姿を呆然と見つめる私――あれ? そう言えばこうして自分の姿を見たのって日本にいた時以来かも……




……それからどれくらい経っただろう。

ふわふわなモフモフに両サイドから寄り掛かられる幸せな暖かさに包まれた私は、懐かしい自分の姿をぼんやりと眺めながら脳裏にはこれまでの色々な思い出が次々と浮かぶ、そんな時間をただただ過ごしていた。

とその時――


「そう言えば、結局何がどうなったの?」

脳裏に流れる思い出が砕けた空間の穴に私達が吸い込まれるシーンにまで追い付いたその時、一瞬の身震いと共にようやく私はその疑問に立ち返った。


「その問いには我から答えるワン」

どうやら黒柴様――じゃなくアヌビス様が答えてくれるみたい。

「まずはあの『空間の穴』について説明するワン。あちらの世界のとある場所に、独りよがりの悪い目的を持ったエルフがいたのだワン。そのエルフは以前から異なる時間と空間を繋ぐ魔道具を作っては幾度と無くそれを稼働させてきたワン。その魔道具は高性能を得る為にかなり無茶な作りをしていて、それが原因で稼働の度に時間と空間に歪みを蓄積させていったのだワン」


ええっ、あの日常の裏でそんな大変な事が起きてたの!?

それに悪いエルフって……

あの物語って悪人とか出てこないものだとばかり思ってたよ!


「その歪みは『空』を司るあの精霊エーテルの力によって散らされ、発端である人界では特に問題は起きていなかった。だが歪みは完全に消し去ってはおらず、その代償としてほんの僅かずつ精霊界にダメージを受け続けてきた――それがあの『穴』の正体だワン」


そうか、そうだったのか……

それにしても犯人とか背景まで分かっちゃうなんて、アヌビス様って実は凄く――

「ちょっと待つにゃ。アヌビスお前、ちょっと細かいところまで知り過ぎていにゃいか? まさかこの短時間でアカシックレコードにまで手を出したんじゃにゃいだろうにゃ? 準備もにゃしにそんにゃ事したら代償が……」


えっ、アヌビス様って凄くヤバめな無茶したの!?


そんなバステト様と私の心配そうな顔にアヌビス様は気まずそうな笑みを浮かべ、そしてポツリと小さく答えた。

「読んだ……のだワン」

まさかホントに……!?


そして私以上にバステト様が大きく表情を変えた。

「にゃっ!? やっぱりアカシック――」

「地球のネットにアクセスして、あの世界のを読んだのだワン。そしてそこに書かれていたストーリーをあの場で発生していた状況に当て嵌め、事態を把握したのだワン」

「レコ――――にゃ?」


なっ、今……何て……?

まさか……まさか……原作ネタバレ!?

いやでも、それもある意味………………アカシックレコード?




取り敢えずバステト様の反応を見る限り、『原作を読む』ってのはバステト様が懸念していたアカシックレコード関連の問題とは関係が無さそうだ。

よかったよかった……

でもアヌビス様……日本でそれネタバレやったら炎上間違いなし、ですよ?


「では続きを説明するワン。背景が分かったところで、後残るは何故我々が今こうしてこの実花照みかてらすにいるのか、についてだワン」


うん、それ知りたい。


「あの空間の穴――我々が吸い込まれたあの場所は、時間と空間が激しくぶつかり合い軋み合って大きな渦となっていたのだワン。その混沌の中では時間と空間が大きく乱れ、それに翻弄される実花とバステトを救うため、我は――」


ごくり……


「あちらの身体を時間と空間から断絶する冥府の結界で守り、身体とのレイヤーがずれ掛けていた我らの魂は身体から分離して冥界に避難させたのだワン。あの混沌は原初の世界に極めて近く、それ故に原初の混沌と共に生まれた冥界であれば移動する事が出来たのだワン」


冥界って……気付かないうちに死後の世界に行っていたのか、私は。

あれ? それとも人間界の事故で一度は行ってたのかな?


「そんな訳でお主達は我が冥界を経由してここへと連れ帰ったのだ。分かったワン?」

あっはい、分かったワン。


あれ? でもそうするとあちらの私――ミカはどうなったの!?

「ミカは大丈夫だワン。今頃助けに行った天照が事情を説明している頃だワン」


そしてアヌビス様は大画面テレビに神力を注ぎ込んだ。

それによって大画面テレビに映し出された光景は――




泣きじゃくるミカをただ黙って抱き寄せてる天照さま。その胸に顔を埋めたミカはただただ涙を流し、周囲にはその嗚咽だけが小さく響く、そんな時間が流れていた。

やがて……


「天照さまっ、バステト様とアヌビス様が――」

そんな実花の悲痛な叫びに天照さまは優しく微笑みを返し、そしてミカに救いの一言を返す。

「大丈夫、大丈夫よ。ふたりは大丈夫。だからね、安心して」


その一言によるミカの変化は劇的だった。

ほっとした表情を浮かべると同時に全身から力が抜け落ちたミカは、安堵のあまりその場に立ち尽くす。でもそのうち目に力を取り戻し、そして天照さまに――

「天照さま、ただいま!」

元気よくそう挨拶した。


ああ、ミカを見つめる天照さまのあの表情……

ただただ悲しげなあの表情は、見ているこっちまで切ない気持ちが溢れてくる。

でもやがて表情に決意の色を滲ませると、ミカに運命を告げるその一言を発した。

「ご苦労様、そしてこれまでありがとう……


呆然……理解……そして哀しみ……

その時のミカの表情を、私はきっと忘れないだろう。

「そっか……『実花』は……天照さまの元へと帰った、だの?」


ミカ……こんな時なのに私の心配を……


「ええ。今まであなたの中にいた実花は、空間の断裂が生んだ渦にあなたと共に巻き込まれ……その強い歪みによってあなたと分離してしまったの。そしてバステト様やアヌビス様の本体と一緒に私達の住む神界へと流れ着いたの。あなたがさっきそこに投げ捨てた身体はその抜け殻なの」


あ、ミカってば天照さまに抱き付く時にバステト様とアヌビス様が入ってた身体を放り投げてたんだ……


「そうね。その記憶を持つ今のあなたは『もう一人の実花』と言える存在だわ。だって、実花もまた『ミカ』としての全ての記憶を持ち帰ってきているのだから」

その事を実感と共に自覚したミカは凄く大人びた表情を浮かべ、そして決意の一言を――

「なら私はそう、私の世界で実花のやりたかった事を実現させ――」

「っそれはやめてね!?」

天照さまに遮られていた。


……うん、私もそれは止めた方がいいと思うよ。

これからは常識的なドワーフ少女として生きて欲しい。


そして映像は天照さまによるクライマックスシーンに移り変わっていた。

「それでは最後に私からあなたへお礼とプレゼントよ」

その言葉と共に天照さまの手のひらから光の珠が浮かび上がり、それはバステト様とアヌビス様の現地ボディへと吸い込まれていった。

そして――


「にゃあ! 無事に入れたにゃ! 折角馴染んできたこの身体とはにゃれるも惜しいって思ってたから丁度良かったにゃ」

「ワン! それに我はあちらの世界ももっとゆっくり見て回りたかったワン。アディショナルタイムは長めに頼むワン」


あれ、現地ボディが動いて喋ってる?

だって二人ともここにいるのに……?


「バステト様ぁ! アヌビス様ぁ!」

再び動き出した二人だったけど、その直後またまた命の危機を迎える事になった。

「ミカ、くっ苦しいにゃ……」

「て、手加減を求む……折角入れたこの身体から……また魂が押し出されそうだワン」

トドメ刺す系ドワーフ少女、ミカの手によって……


天照さまは今にも息の根が止まりそうな二人をドキドキハラハラと見守っていたけど、 ミカの力が緩んだ瞬間を見計らって説明を始めた。

「この子達の身体に入ったのはね、バステト様とアヌビス様の『分御霊わけみたま』――つまり魂の欠片みたいなものなの。分御霊はその身体を維持して動かせる程度の神力しか持っていないから……まあ言ってみればただ可愛いだけの役立たずね」


「「にゃんて事言うにゃ!?」」

「「お主、実は毒舌キャラだったワン?」」


おおっ! 画面の向こうとこちらで綺麗にハモった!


画面の向こうの天照さまは、バステト様達の抗議を気にする事無く笑顔でこう締めくくった。

「まあでも個性的で賑やかな二人だから、一緒にいたら寂しさとか感じる暇はなくなっちゃうと思うわ」

途端に弾けるミカの笑顔。

ふふっ、こういったお茶目な優しさが……ホント天照さまだなあ。


そして画面の向こうではミカが真っ直ぐこちらを見て――

それから――


「さようなら、実花。もう一人の私!」


――っ!?

「……うん」

喉の奥に発生した熱さが邪魔して言葉が詰まる。

こんなんじゃダメ、ちゃんと……言わなきゃ……伝えなきゃ!

さあ息を吸え! そして声を絞り出せ!


「さようならミカ。もう一人の私。……私を受け入れてくれて……本当に……ありがとう!」




よかった、言えた……

私の声、ミカに届いたかな?

ごめんねミカ。涙で歪んでよく見えないや………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様はお客様ですか? 東束 末木 @toutsuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画