第75話 最大の敬意
王城から何時ものドブルクホテルに移動して、今後の事を考える。
マジックポーチに長期間獲物を保存できないのならば、何から処分するのかが問題だ。
現在二つのマジックポーチに収まっている獲物の数は95頭と、俺の持つドラゴン1頭だ。
ドラゴンは王都でオークションに出せば良いが、取り敢えずヤハンとハインツに持たせたマジックポーチの中の物を処分するのが先決だ。
翌日、王都冒険者ギルドに出向き、ギルマスに面会を求める。
「ギルマスは忙しいので、一般の冒険者との面会はお断りしています」
あっさり断られたので、ゴールドランクの冒険者カードと共に王国発行の身分証を提示する。
「ハルトが、ゴールデンベア以上の大物を持って来たと、伝えてくれ」
王国の身分証は、王都冒険者ギルドでは良い働きをした。
受付の姐さんは、俺の冒険者カードを手にしたまま慌てて奥に引っ込んだ。
「おう、お前は公爵様になったんじゃねえのか?」
「そんな物を冒険者ギルドで出しても、通用しないだろう」
「まぁな、で以前のゴールデンベア以上の大物って何だ」
「それを出す前に、此れを見てくれ」
そう言って、メモ用紙をギルマスに渡す。
メモを受け取ったギルマスが、じろりと俺を睨んで「何の冗談だ」と言ってくる。
「王家の依頼でガーラル地方ゾルクの森の奥、地の底と呼ばれる場所で討伐してきた物だ」
「以前持ち込んだゴールデンベアを狩った場所か? このメモが本当なら全部は無理だぞ」
「半分はヘイエルで売ろうと思っているが、珍しい奴はオークションに掛けるんだろう。此処で引き取れる分とオークションに掛ける奴を出すよ」
「で、ゴールデンベア以上の大物は何だ」
「蜥蜴だ、約15m程の奴を一匹持っている」
「蜥蜴って・・・まさか、ドラゴンかあぁぁぁ!」
受付カウンターの前でギルマスと話をしているだけで目立つのに、ギルマスの馬鹿が大声で叫びやがった。
後ろでヤハン達が吹き出しているが、ギルマスの大声で冒険者達が集まって来る。
〈ドラゴンだとー〉
〈本当かよ〉
〈おい、奴って前にゴールデンベアを二頭持ち込んだ奴じゃねえか〉
〈おー、噂の貴族になったって奴か?〉
「ギルマス、声がでかいから騒ぎになったじゃないか」
「いっ、いや・・・済まん。まさか以前の2頭もお前か?」
ちょっと首を傾げて、笑って誤魔化す。
即行で解体場に連れ込まれ、ドラゴンを出せとギルマスに怒鳴られた。
興奮状態のギルマスに釣られて、野次馬の冒険者達も騒ぎだし収集がつかない。
〈喧しい!!!〉騒ぐ野次馬を怒鳴りつけて、思いっきり殺気を浴びせかける。
一瞬で静かになったが、青い顔で震えている者や腰を抜かしたり泡を吹いて気絶している者までいる。
俺の後ろにいた三人も、顔色を変え首を竦めている。
「ハルト、恐いから止めてよ」
「ああ、もう少しでチビるかと思ったよ」
「ははは、其処の奴チビってるぞ。パンツはちゃんと洗えよ」
腰を抜かした冒険者の地面に染みが出来ている。
御免よとは思うが、騒ぐ方が悪いんだと居直っておく。
綺麗に片付けられた解体場にドラゴンを出して、隣に斬り落とした尻尾を並べる。
〈凄えなぁ、前の奴は王家の持ち込みだったので、近くで見られなかったからなぁ〉
〈迫力有るよな〉
〈見ろよ、頭に一発だ!〉
〈前に見た奴も、頭に一発と顎から頭に抜けていた筈だよな〉
〈じゃー、あれも奴がやったのか?〉
〈ドラゴンスレイヤーって、吟遊詩人のお伽噺じゃないんだ〉
「此奴の処分を頼みたい、オークションに出すまで預かってくれるか」
「いや、此れを収めるマジックポーチが無い、当日までお前が持っていてくれ」
「しゃーねえなぁ、ドブルクホテルに泊まっているので、早めに連絡してくれ。で、それと引き取れる物を指名してくれ、ヘイエルにも卸すので同種の半分までだぞ」
ゴールデンゴート1頭、ホワイトゴート2頭、ゴールデンベア1頭を、オークション用に提出する。
ゴールデンベアは、以前高値で買い取ってくれたのに、どうしてオークション何だと聞いたら。
あれを解体して売り出した後で、丸々1頭欲しいって貴族や豪商達が多数現れたからな、と抜け目のない顔でほざいている。
グレイウルフ9頭、ビッグエルク2頭、ビッグフォックス1頭
アーマーボア3頭、フォレストキャット2頭、ビッグボア3頭
ブラックベア2頭、ブラウンベア3頭、ブラックウルフ12頭
ゴールデンベア1頭、ホーンボア2頭、オーク6頭
並べる傍から冒険者が群がり邪魔で仕方がない、とうとうギルマスと解体責任者の親爺が怒り出して、見物の冒険者を解体場から追い出した。
ハインツとヤハンに、必要と言われた獲物を解体場に並べて貰う。
査定が終わったら、俺の口座に振り込んでおいてくれと頼むと、又俺の冒険者カードを持ってカウンターの所に行ってしまった。
「ハルト、お前はプラチナランクだな」
「又かよ」
「プラチナの特級てのも有るぞ、ドラゴンスレイヤーにのみ与えられるランクだが、流石に俺の一存では無理だが、ドラゴンを持ち込む様な奴なら、無条件でプラチナランクは認められている」
「そんな物はいらんよ」
冗談じゃない、実力を隠す気が無くなったからって、吟遊詩人の飯の種にされてたまるか!
「いやー、面白い出し物だったな」
「確かに、マジックポーチから獲物が出て来る度に大騒ぎだからなぁ」
「しかし、プラチナの特級っ何よ」
「此の国で初めての、公式ドラゴンスレイヤーだな」
「公爵様になるのも無理はないか」
ドブルクホテルの食堂で朝食をとっていると、支配人がやって来て恭しく辞儀をして口上を述べ始めた。
「ヒュイラギ公爵様、此の度はドラゴン討伐お目出度う御座います」
慌ててストップをかけて、誰に聞いたのかと問うと、街では大評判になっていますとにこやかに言う。
不味った・・・ドラゴンを持っている以上、オークションまで逃げ出すことも出来ない。
支配人に、余計な客は一切取り次ぐなと厳命し、気は乗らないが公爵の紋章入りの服に着替える。
虫除けにはこの服が役に立つ筈だし、三人も紋章入り服に着替えさせる。
* * * * * * *
冒険者ギルドに、ドラゴンが持ち込まれたとの情報は一夜にして王都を駆け巡り、王都に派遣されている各国派遣大使の耳にも届いた。
ドブルク王国にもドラゴンスレイヤーは存在する、だが正体は明かされていない。
しかし、今回は堂々と冒険者ギルドに持ち込まれたのだ。
王都に住まう住民は元より、貴族達や各国派遣大使までが、ドラゴンスレイヤーに知己を得ようと血眼になる。
だが、貴族や豪商達の熱気と興味は、ドラゴンスレイヤーの名を知った瞬間背筋を冷たくして口を閉じた。
ハルト・ヒュイラギ公爵、貴族や豪商達にとって触れてはならない存在だから。
同時に、ハルトが何故、此れほど王家から優遇されているのかを理解した。
3年以上前、王家に持ち込まれたドラゴンも彼が討伐したのだろう。
彼に公爵待遇が与えられ、誰も迂闊に手が出せなくなった今、堂々と冒険者ギルドにドラゴンを持ち込み、ドラゴンスレイヤーの正体を他国に知らしめたのだろうと推測した。
吟遊詩人が謡うドラゴン討伐の叙事詩、一国の軍をもってしても討伐し難いドラゴンを、数名から数十名の冒険者が倒す。
翻れば、その一団だけで一国の軍を相手に出来る戦力であることを示す。
数百名の小規模な軍団を運用するだけでも、馬や馬車から武器に野営具等々膨大な物資を必要とし、移動も大変である。
それが、数名から数十名の小集団となれば、神出鬼没他国の領内に侵入するのも容易で、破壊力は途轍もない。
ドブルク王国は、その力を手にしているのだ。
他国の派遣大使達がドラゴンスレイヤーの正体を知り、如何にして自国に取り込むか、不可能なら不可侵の確約を取り付けたいと血眼になり、ハルトの情報を集める。
曰く、プラチナランカーとゴールドランカー六人のパーティーに模擬戦を挑み、叩き潰した。
その前には、ゴールドランカーとシルバーランクで構成された七人と野外で決闘して、瞬く間に全員を死滅させた。
敵対すれば貴族や豪商相手でも容赦せず、関わる者を叩き潰して通る。
極めつけは、去年起きた六商家の騒動だ、奔流のように迫る王都騎士団の騎馬隊200騎を、一人で立ち向かい殺気一つで止めた胆力と実力だ。
もう一つ忘れてならないのは、氷結魔法を使い熟し守護精霊の加護を受けているらしいこと。
五年前、王都で行われた魔法比べの際、彼に暴言を浴びせ侮辱した貴族達が藻掻き苦しみながら死んでいったこと。
死に行く者の周辺とハルトを、キラキラと輝くものが包んで舞い降り、ハルトが氷結魔法の守護精霊の存在を明かした。
それ以外にも噂ではあるが、何度か精霊の怒りを受けて死んだ者がいるらしい。
その話を聞き、最近ヘイエルの街でオルテミダ王国派遣大使代理、ビトラ・アキエス子爵が亡くなったのを思い出した者もいた。
ヘイエルのハルトの家を訪ねた帰り、馬車の中で死んでいたそうだが外傷は無く、病死と言われているが・・・。
彼に接触するのは最大の注意を払い、部下達にも徹底させておかねばならないと肝に銘じる。
* * * * * * *
前回のオークションで、ドラゴンを落札できなかった者達が金貨の袋を抱えて王都に参集してくる。
ドブルクホテルにも、オークション参加者が多数宿泊しているので、ドラゴン討伐者を一目見ようと、ロビーや食堂には常に人が彷徨いている。
支配人は、用も無くホテルに立ち入ろうとする者達の排除にてんてこ舞いだ。
* * * * * * *
オークション当日、参加者に展示する為に会場近くの広場に作られた台上にドラゴンを乗せると、テントの出入り口が開けられオークション参加者の検分が始まる。
その後王都の住人達に閲覧が許されるとあって、テント周辺はドラゴンを一目見ようと集まった人々でごった返していた。
ハルトは、落札者が冒険者ギルドに解体を依頼した時に備えて、オークション終了まで会場で待機していてくれと頼まれて、馬車の中で待たされていた。
この時、ドブルクホテルに王家からの使者が訪れると、支配人と何事かを話し合い帰って行った。
オークション会場の騒めきが収まり、静かな時間が過ぎていくが〈ウオーォォォ〉っと会場全体を揺るがす大歓声が上がった。
やれやれ、やっと終わったと思っていると、オークション会場の係員が駆けてきて、ドラゴンはクルーザン王国が落札して、直接引き取る事になりましたと告げた。
* * * * * * *
翌朝、ホテルの支配人や使用人達の見送りを受けて馬車に乗り込んだが、街路には王国軍の兵士が等間隔で並び直立不動の姿勢を保っている。
ミューザがどうするかと聞いてくるが、別に止められている訳でもないので気にせず行けと指示する。
ホテルの建つ通りから王都の出入り口に向かう大通りに出ると、王都騎士団が整列し2台の馬車が停まっている。
その馬車を見てミューザは馬車を止めた。
「ハルト、宰相様が立っているんだが」
ハインツが馬車に並びかけて、状況を説明してくれる。
窓越しに見れば、王国騎士団に守られる様に2台の馬車が停まり、その1台の傍らにブルーゼン宰相が立っている。
「止められて無いのなら行くしかないし、引き返せないだろう。気にせず行け」
ハルトの乗る馬車が、動き始めると全ての騎士達が一斉に敬礼で見送る。
ブルーゼン宰相が目の前を通過する馬車に一礼し、もう一台の馬車には王家の紋章が付いている。
〈ドラゴンスレイヤー バンザーイ〉の声と共に騎士団の背後に参集した群衆や冒険者達から、大歓声が上がり様々な声が飛ぶ!
〈我が国の、ドラゴンスレイヤー バンザーイ〉
〈ヒュイラギ公爵さまー〉
〈冒険者の誇り、万歳!〉
〈ゴブリンキラー!〉
大歓声の中、ミューザが手綱を取る二頭立ての簡素な馬車は、ヤハンとハインツの二騎を従えて王都の出入り口に向かう。
王都騎士団の隊列が途切れると道の両脇に貴族の馬車が整列し、馬車の傍らに立つ貴族や護衛の騎士達が敬礼で見送る。
ヘイエルに帰るハルト、一介の冒険者から公爵となり、ドラゴンスレイヤーであるハルト・ヒュイラギ公爵を、最大の敬意を込めて見送った。
* ** 完 ** *
ゴブリンキラー・魔物を喰らう者 暇野無学 @mnmssg1951
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