永遠の片思い

Akila

好きだ 好きだ 好きだった

「ねぇ、今日はどこに連れて行ってくれるの?」


 私はあつしの車に乗り込み、助手席でファンデの鏡で化粧チェックをしている。


「リクエストあるのか?」


「う〜ん」


「じゃぁ、和食でいいか? 後であいつも合流するけど」


 え〜、合流って… 決定事項じゃん。


「あ〜、ま〜」


「そう言うなって。あいつもお前と仲良くしたいんだよ」


「げ〜」


 は〜、ちょっとテンション下がっちゃうな。今日は放課後、友達と動画撮ってアガってたのにぃ。


 しばらく車を走らせると、私の家の近くの小料理屋に着いた。


「車停めてくるからちょっと待ってて」


 敦は少し離れたパーキングへ向かう。私は小料理屋の軒先で待ちながらさっきの動画を見ていた。


「悠里ちゃん。久しぶり」


 ヘラヘラとTシャツにジーパンで現れたあいつ事、涼介を私は顔も上げずに『うん』とだけ頷く。


「あはははは。今日はここかぁ。迷子にならなくて良かったよ。月に一度の晩餐ばんさんにお邪魔して悪いね」


「ははは。悪いと思うなら帰ったらどうですか?」


「へへへ」


 睨みながら結構きつめに言ったのに、涼介はヘラついて帰ろうとしない。


 は〜、ウザい。


 涼介と横に並んで立ているが私は無視して敦を待つ。


「お〜、涼介、道大丈夫だった?」


「あ〜、うん、何とか。時間には間に合ったみたいで良かった」


 敦は駆け寄って来ると小料理屋のドアを開け私をエスコートしてくれた。次に涼介も。


「おかみさん、適当にお願い」

 と、常連っぽく敦がオーダーして奥の席へ進む。


「は〜、最近暑くなって来たな。悠里、学校はどうだ?」


 敦がネクタイを緩めながら座敷でくつろぎ始めた。


 うっ! かっこいい! うわ〜。かっこよすぎなんだけど。動画撮りたい。


「うん、楽しいよ。今日も動画撮って遊んでた。てか、敦、何でこいつも? てか、何で私だけ対面席?」


「何言ってるんだ? 涼介はこっち側だろ?」


 ま〜、涼介と並んで座らないだけでもいいか。


「悠里ちゃん、そろそろ僕の事も慣れて欲しいな〜なんて」


「はぁ? 何で私が」


「こら、悠里。涼介と仲良くしてくれ。でないと、この先ずっとだぞ」


 は? ずっと? も、もしかして! まさか!


 私が百面相していると、2人は照れた様に見つめ合ってから2人して私を見る。


「あぁ。実は決心ついたんだ。結婚するよ、俺達」


 涼介は顔を真っ赤にして俯きながら敦をチラチラと見る。机の下では手をがっしり繋いでいる状態だ。


「はぁぁぁぁぁぁ? あり得ないんだけど。マジで」


「えっ… 悠里ちゃんは反対かな? ってその反応じゃぁ反対か。ははは」


 敦は改まって正座に座り直しながら私を真剣な目で見つめて来た。


「悠里。俺が涼介を愛しているのは知ってるよな。カミングアウトした後もお前は親父達と違って俺と離れなかった。とても感謝しているし、兄妹としてお前を何より愛している。でもな、涼介も俺の家族に、お前と俺との家族に入れたいんだ。涼介を俺の伴侶としてお前に認めて欲しいんだよ」


 へ?


 ダメダメ。頭が回んない。微かに手が震え出す。


「そりゃ、敦が男が好きって事は理解しているつもりだけど… 涼介って… ま、まだ半年じゃん」


「ま〜、付き合い始めたのはそうだけど。俺は涼介と一生一緒に居たいと思ったんだ。なぁ、悠里、新しい家族として受け入れてくれないか? 俺にはもう家族はお前しかいないんだ」


「りょ、涼介はどうなの? てか、あんた男好きなの? 確か敦の前は女だったよね?」


 兄には悪いが痛い所を突っ込む。ほらほら、ボロを出してしまえ。


「あ〜。僕は基本好きなら性別は気にしないんだ。たまたま元は彼女だっただけ。悠里ちゃんは僕が男だからダメなのかな? それとも僕自身?」


 ヘラヘラ涼介は逆に私の核心を突いて来る。


 うぅ〜。


 …


 黙っていると何か言いたげな敦を制して涼介が私に語りかける。


「敦、ちょっとカウンターへ行っといて。2人で話すよ」


「えっ? でも…」


話し合いコレは必要な事なんだ。お願い」


 敦はチラチラ振り向きながら渋々とカウンターへ移動した。


「さて、悠里ちゃん。薄々は気付いていたんだ。敦の事、好きだよね? って、家族愛とかじゃなくて」


 涼介はいつものヘラヘラがどこかへ行って、真剣な大人な男の顔になっている。


 …


「だからさ、今日は無理言って僕もご相伴させてもらったんだ。だって、ケジメはいるだろう?」


 …


「僕は頼りないかもしれない、仕事もデザイナーって… 起伏の激しい仕事だしね。でもね、敦の事は本当に心から好きなんだ。愛している。敦のダメな所もイイ所も全部好きなんだ。僕も家族に、悠里ちゃんと敦と僕って感じの家族になれないかな?」


 だんまりしていた私はボソッと呟く。


「私必要なくない? 2人の世界じゃん。入る隙なくない?」


「それは違うよ。敦は悠里ちゃんを目に入れても痛くないくらいに激甘に愛している。これは俺でも嫉妬するくらいに。それは、血の繋がった本当の家族で敦自身を受け入れた悠里ちゃんだからこそ、得る事が出来た愛なんだ。わかるかな? 僕のはまた違う愛。同じ家族だけど、パートナーなんだ」


「だ〜か〜ら〜、そっちの方がズルくない? 私はパートナーの地位が欲しかった」


「僕は悠里ちゃんが羨ましい」


「ガキだからって馬鹿にしないで。そっちの方がいいに決まってるじゃん!」


「ううん。違う。僕の場合は敦の愛が途切れる可能性があるからね… 僕はいつでも必死だし、悠里ちゃんが妬ましい… 自分がミニク過ぎて気が狂いそうだよ」


 …

 …


 2人でしばらく黙って向かい会い、それぞれ目線は横下を向いている。


 私の中は、ぐちゃぐちゃと憎悪、嫉妬、愛情、いろんな感情が渦巻いている。


 何分経ったか… 結構な時間沈黙が続いた。


「は〜。涼介、一発だけいい? それで吹っ切れるわ」


 私は今日初めて涼介を真正面から見据えた。


「あぁ、それで済むなら」


 私は指を開いたり閉じたりして力を入れる。自分の指を見ながら涙が溢れて来た。本当に好きだった。心から愛していた。誰にも言えない、私の初恋。


「よし」

 と、薄ら涙を浮かべながら立ち上がり、気合を入れて涼介にビンタをかます。


 バシ〜ン。


 思ったより力が入っていたのか涼介がちょっとだけ横に吹っ飛んだ。


「お、おい! 悠里!」


 ガタッとカウンターから兄が蒼白な顔で駆けつける。


「いいんだ。僕が失礼な事を言ってしまって…」


「いや、でも…」


「ごめんね。悠里ちゃん。でもこれで許してくれるといいかな?」


 涼介はまたヘラヘラ顔に戻っている。


 私は身体の力が一気に抜けて座り込んでしまった。


「あはははは。ははは。は〜… 涼介、あんたから別れでもしたら、刺しに行くから」


「いいよ、刺しに来て。ありがとう、あと… ごめん」


 それからの食事は何を食べたか覚えていない。


 覚えているのは、敦が嬉しそうに新居の事や結婚式の事など浮れながら話していたのが印象的だった。


 あんな嬉しそうな顔… 私は今まで見た事、ない。



 私が敦、兄を好きになったのはもう覚えていなぐらい昔だ。両親は留守がちでいつでも側に居てくれた。初めてのバレンタインチョコ、初めての花火大会、初めての浴衣、初めての化粧、全部敦の為にがんばった。ネットでググっていつでも綺麗でいようと努力した。ちょっとでも近付きたくて大人っぽく仕草なんかも研究した。


 本当に好きだった。気持ち悪いと思われようが何だろうが…


 悩んで悩んで、結局誰にも言えなかったが、好きだった。


「あ〜あ」


 結局、最初から叶わぬ夢だったんだ。わかっていたけど…


 敦が男を好きだと言った時、お父さん達と言い争っている中で何かが心の底で弾けたのを覚えている。その時、女である私は妹である以前に所詮無理だったんだ。わかっていたのに。わかっていたんだ。わかっていたのに好きだったんだ。愛していた。いや、まだ愛している。私はズルかった。これで女が寄ってこない。私が唯一隣にいることが許された女だと勝ち誇っていた。妹だろうがなんだろうが…


 そう、虚像だけど私はそれだけでも嬉しかったんだ。


 これから、この愛が、緩やかな本来の兄妹愛に変わる事があるのだろうか…



 は〜。切ない。心が痛い。


 私のこの執念じみた思いは誰にも見られず、誰にも触れられず、誰にも話しができないまま、沈黙の黒い箱にしまうしかないんだろうな。





 涼介。

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