第二十八話 生まない会話とエスパー

 急に真面目な声になる大河。 いつも体力と元気が溢れかえっているようなこいつでもこんな顔することもあるのだと考えさせられる。 


 とは言うものの、実は大河のこの表情、初めてではないのだ。 




 「僕に? 」




 「ああ、キャベにだよ。 話、聞いてもらっているだろう? 」




 「ああ……確かにそうだけど。 そんなんでいいのかよ? 」




 「そんなんでいいんだよ。 だから大船に乗ったつもりでいてくれ! 」




 ああ、またこれか。 僕は大切な友達の悩みに話を聞くことしかできていないのだ。 琴乃の事だってそうだ。 それでも本人、大河自身はそれでいいと言っているので僕はそれ以上のことはしなかった。 ……というか、してあげられないのだ。




 「まあ、分かったよ。 それで? 最近は……どう? 」




 僕は大河に話を促す。




 「ああ、まあ、ぼちぼちだな。 タイムも前よりは落ちてはいないが……。 どうしても上がらないんだ」




 普段の何倍も低いトーンで話す大河。 さっきの彼からは思いもつかない弱い勢い。


 理由は前々から聞いている。


 大河は水泳部に所属しているのだ。 彼自身、水泳のスポーツ推薦でこの学校に入っているのだ。 なんでも一年前まで県1位を取ったことがあって、全国大会にも出たことがあるのだとか。 ……そう、一年前までは。 


 高校一年の終わりごろからタイムが上がらなくなったらしい。 それだけではなく、どんどん落ちているという。 いわゆる、スランプである。




 「そうか……。 理由とかって分かったりしているの? 」




 答えのわかりきった質問をする。 正直、スランプなんて経験したことのない身、何を話したらいいのか分からなくて毎回同じことを問うのだ。 




 「それが分かってたら苦労しないぜ。 ……すまんな。 こんなしょうもない話をいつも聞かせてしまってな」




 「別にいいよ」




 こうして何もできない、生産性のない質問をいつもしている。 それでも大河が鬱陶しく思うような態度をとらないのは、僕が何もできないことを知っているからだ。 勿論、本人の体と器がデカいのはあるだろうが、きっと前者が優先的だろうな。 つまり、大河本人も生産性のない会話を求めているというか。 




 「はぁーあ。 やっぱりキャベだけだよ、こういう弱音言えるの。 持つべきものは友ってな」




 「そういうのって彼女とかにいう言葉なんじゃないの? あとキャベ言うな」




 「はは、ちがいねー」




 「また何かあったら言って。 僕には聞くことしかできないから」




 「おう! ありがとな! 」




 軽い軽口を言って僕と大河は再びカレーを口へ運ぶ。 


 いつもこんな感じ。 これが僕の思う友達の最低限のできること。


 でも、ひとつ。


 きっと大河はひとつ、嘘をついている。


 さっきはスランプの理由が分かっていないと言っていたけれど。


 おそらく、もうわかっていること。


 鈍感な僕にはそれが何なのかはわからないけれど。


 こうして、生産性のない、何も生まない会話は終わっていく。


 なにもできない僕は、そのまま大河と一緒にカレーを食べるのだった。




 ▽▽▽




 やられてしまった。


 先手を取られてしまった。


 ある程度予想はしていたのだ。 きっと彼女は、ラタスはこう来るのだろうって。


 でも、相手の方が一枚上手だったのだ。


 あの朝の会の出来事。




 「よろしくお願いしますね、ダーリン☆」




 あの一言の時、私は自分が席を立たずにするので精いっぱいだった。 彼女がこの学校に着て、同じクラスになって、ヤベの隣の席になることは予想できていたのに。


 まさか、ダーリン呼ばわりだなんて!!




 ▽




 「だ、大丈夫? 琴乃」




 気が付くと昼休みになっていた。 朝の会から四コマの授業内容、全然頭に無い様だった。 ぼーっとしていた私に昼休みだと自覚させてくれたのはセンこと、千里だった。 




 「あぁ、うん。 大丈夫よ……」




 えーっと、どうなったんだっけ……。 確か、ラタスがこの教室に来て、そして……。




 「あっ! 」




 「な、何!? どうしたの、琴乃」




 急に立ち上がった私に驚くセン。 しかし、この緊急事態に居てもたってもいられなくなるのは仕方がないというものだ!




 「ヤベとラタスはどこ行ったの?? 」




 きっと私とんでもない剣幕で迫ってるんだろうな……。 よし、取り敢えずセン力せんりょくを充電するか。




 「ち、近い近い! ええっと、キヤベのやつは大河と一緒に学食に向かったらしいわよ。 ラタスさんだっけ、確か職員室に居るはず……って勢いで抱き着くなー! 」




 「あの2人、私から逃げたわね……」




 いいから取り敢えず離しなさいよ! と必死に抵抗するセンからセン力を補充しながら考える。 小さくて可愛いセンが悪いんだから仕方がないのだ。




 「小さくて可愛いって思うなー! 」




 エスパー!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

過ぎてゆく日々が始まりの世界で でつるつた @tutu3deruta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ