第二十七話 ダーリンと機嫌

 


 ▽




 気持ちの良い晴れ。 洗濯日和とはまさにこのことを言うのだろう。 まあ、家事は福や母上にまかせっきりなのだけれど。 春のちょうどよい風が窓から廊下へ教室を吹き抜ける。


 そんな一日も今は昼休み。 学食に向かう生徒、椅子と机を寄せ合って弁当を食べる生徒。始業式から三日目の今日、徐々に決まりつつあるグループ同士で各々昼食を取り始めた。


 田舎者だと馬鹿にされないのは、大河、琴乃、千里がいてくれるおかげだ。 彼らは仲間であり、友達だ。 本当にありがとう。 感謝っ


 いつものように感謝の儀を終えて……ふと目に留まる不自然な人の集まり。 


 そして……男子からの不自然なほどの痛い視線。


まあまあ、いろいろなことがあったわけで。


 ラタスの転入である。 




 ▽




 時間は少し前に戻る。


 大体予想通りの展開になった、朝の会のこと。




 「カイガイから来ました、初芽ラタスです。 どうぞよろしくお願いします」




 けろっとした顔で僕の教室に入ってきた転入生ラタス。 クラス全体がざわつく。


 それもそのはず、学校が始まったばかりの今この時に転入生など不自然極まりない。 「初芽」、と僕と同じ苗字を名乗っているところを見るに、多分母さんが手をまわしておいたんだろうな。 なんという速さ。 恐るべしマイマザー。


 クラスのざわつきとは裏腹に、僕は特に驚きなどはなかった。 理由は簡単、多分こうなるんだろうなって思っていたからだ。 ふふん、こんなことではビックリなどはせんぞ、悪魔ラタスよ。


 なんて強がっていると、僕は次の担任の先生の一言で驚くことになった。




 「えーっと、ラタスさんは初芽君の遠い親戚らしいので……初芽君の隣で良いですか? 」




 「はい! 」




 元気のよい返事で答えるラタス。


 な、なん、だと……! こんなにもご都合主義な展開は予想していなかった……。


 僕の親戚だという追加の情報にクラス全体がさらにざわつきを増す。


 と同時に男子から視線を感じたのはこの時からだ。


 そう、この時。


 先生から言われた通り、僕の隣の席についたラタスは、




 「よろしくお願いしますね、ダーリン☆」




 と言い放ったのだ。 なんでだよ。




 ▽




 そして現在に至る。


 確かに、田舎者だと馬鹿にはされていないが、何故だろう、敵が増えた気がする……。


 いや、理由は明確なのだけれども。


 容姿端麗のラタスがクラスの男子に人気がないわけがなかった。 そんな人が特定の人をダーリン呼ばわりしようものなら敵は決まるというものだ。 さらば、僕の平穏なる日常……。


 くそう、ラタスめ、僕が今どんな気持ちかも知らないで……!


 そんな当人はクラスの主に女子からの質問攻めに軽く答えてから、教室を出た。 どうやら急な転入でまだ手続きが終わってないらしく、先生から呼ばれているらしいかった。 そうつまり。 当人、犯人は場を荒らすだけ荒らして帰ってしまったのだ。 なんてやつだ! 琴乃の反応がどのようなものなのか考えただけで身震いがする……。 まだ顔も見れていない。 




 「よう! クラスの注目の的! 」




 僕の気持ちの状況とは逆に、ものすごい元気に話しかけてきてくれたのは僕の仲間であり、友達の大河だった。




 「た、大河―……助けてくれぇ」




 助けを求めた僕に大河は耳に顔を寄せ、




 (取り敢えず、ここから出た方がよさそうだぞ! 琴乃様がカンカンに怒っていらっしゃれるからな! 今のところ千里がどうにか抑えている状況だが、いつ暴走するかわからんからな……)




 と本人はこそこそと話したつもりなのだろうが、元の声がでかい大河は正直丸聞こえな声量で伝えるのだった。 と、とにかく逃げなければ。 敵は仲間の中にいたというわけか……。 




 ▽




 琴乃の様子を実際に見ておきたかったが、目と目があったらタイマンバトルが始まりそうだったのでよしておいた。


 僕と大河は教室から逃げるように学食へと向かった。 サッカーコート半分くらいの広さがある学食。 少し遅れて到着した僕たちはごった返す人の波を抜け、何とか昼飯と席を獲得した。 今日のご飯はカレー。 昨日も悪意入りの同じものを食べたので正直飽きを感じている……。 もちろん大河は大盛だった。




 「おいキャベ、学校始まってからすごいことになってしまったな! あっはっは! 」




 他人事だと思っているのか!? 楽しそうに笑いやがってぇ……。 まあ、他人事なんだけれど。




 「笑い事じゃないぞ! ……はぁ、ほんとにどうしよう。 ただでさえ田舎者だと馬鹿にされないようにって頑張ってんのに。 よりによってラタスからあんな攻撃が来るなんて……あとキャベ言うな」




 「そうそう、ラタスちゃんね。 あんな可愛い子がお前の親戚にいたなんてなー。 今まで会ったことなかったのか? 」




 「あ、あぁ。 まあね。 そんな感じかなぁ」




 急に聞かれた僕は曖昧に答えた。 今まであったことは無かったので、この返事は嘘ではないだろう。 母さんの設定ではラタスは親戚になっているらしい。 




 「なんだよ、はっきりしないな。 ラタスちゃんはあんなにはっきりと言ってたのになー。 『ダーリン☆』って! あっはっは! 」




 例のセリフ部分だけちょっと似せて言っているのだろうが、ただ馬鹿にしているようにしか聞こえないからな!




 「お前、楽しんでるだろ!? ああもう、どうしたらいいんだよぉ……」




 お昼のカレーが昨日の夜ご飯カレーを作った主のことと連想されてスプーンが進まない。 い、胃が痛い。




 「まあ取り敢えず、直すべきは琴乃の機嫌だな」




 美味しそうにカレーを口へかきこみながら欲しかった課題の提示をしてくれる大河。




 「そうなんだよ……タスケテ……」




 「その点に関しては策があるから任せておけ」




 なんと! とても心強い答えが返ってきた! 正直大河に任せるのはどうなるか未知で怖いが、ここは藁をもつかむ思いなのでお願いしておきたい。




 「マジか! あぁ……助かるよ、タイえもん~」




 「おうよ、取り敢えず日曜日、予定空けておけよ」




 何故かはわからないが、取り敢えず言われた通りにしておこうかな。


 まあ、実際。




 「言われなくても、開いております」




 少しの間の後、




 「……さて、カレーカレー」




 と、軽くあしらってカレーを食す大河。 




 「おい、分かりやすく流すな! 空しくなるだろ」




 友達が少ないってことをばらしただけのかわいそうな奴になるじゃないか! ……なっているんだけれども!




 「ああ、すまんなー」




 僕との会話に慣れている大河は、誠意のない返事をする。




 「で? 僕はその代りに何をすればいいの? 」




 「ん? なんの話だ? 」




 「借り返しのことだよ。 なにをすればいい? 」




 「やめろよ~俺らの仲じゃないか。 無償でやってやるぜ」




 わざとらしく笑う大河。 おいおい。




 「……なんか怖いなー」




 別に何か物をたかるようなやつではないが、こうも協力的になられると裏を感じる……。




 「ほんとだぜ? それにいつも助けてもらっているのは……俺の方だしな」


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