大砲とメッセージ

横谷 タクミ

大砲とメッセージ

世の中には、事実だけど、指摘されると問題になる事実というものがある。

例えば、この大砲がどこで、誰のお金で、何のために作られたのかは問題になる。

でも、どこで誰が使うのか、誰が死ぬのかはさほど問題じゃない世の中みたいだった。


もっと俗っぽいことで言えば、疑似恋愛が売りのアイドルにも本当の恋人がいることとか、どこか自分を騙して見ないふりをしていたものは、それが何だったのかすら見えなくなってしまうこととかもきっと指摘してはいけない。


そして、私がどこの誰に好意を抱いているのか、どうやってこの想いをぶつければいいのか思案していたということは、残念なようなありがたいような、当然世の中にとってさほど問題じゃない側に入る。


そこで私は、憎いほどの愛を砲弾に綴った。私のような活気のない女性であっても、ボタン一つで装填され、もう一つ押せば計算機の描いた通りに飛んでいき、たくさんの人の元に届けられる。簡単な仕事だ。わざわざ人間がやる必要もないように感じる。不運にもターゲットとなった地域に住む、どこかの誰かの大切な人にも、私の大切な人にも、簡単に届いて、簡単に殺す、お手軽な大砲だ。


突然始まった戦争は、ついこの間まで同じクラスだった人を、違う国の敵に変えてしまった。そして誰が敵か味方かを決めるのは、案外自分じゃない。

自分の国であるはずなのに、思い返してみれば理由もよく分からない。そんなものであっても、私たちは戦わなければならないらしい。


もしかしたら誰を好きになるのかも、告白できるかできないかも、自分には決められないものなのかもしれない。今の私が選べる道は、ボタンを押すか押さないか。

みんなに愛される彼を生かして、特に誰にも愛されない私が殺されるのか。もしくは私に愛される彼を殺して、彼に愛されない私を生かすのか。


でも、私が選んだつもりになれるだけで、国にとって嬉しい選択になるまで他の人が選ばされ続けるのだから、最終的には何も変わらないのかもしれない。要はほんの少しタイミングが変わるだけ、そんなもの、世界全体で見れば大ごとになるかもしれないが、私にとってはさほど重要ではない。どちらにしろ、私は大切なものを失うのだから。


私の国には、正確には少し前まで私と彼の国だったものには、有名な歌がある。何のために生まれたのか、何のために生きるのか、それらが分からないままなのは嫌だ、という歌だ。それを幼少の頃から刷り込まれてきたはずなのに、大半の人は嫌だという気持ちにラップを巻いてどこかに放っておいて、おいたことすら忘れて腐らせてしまう。


そして自分というものが問われたときになって、大切なものが既にヘドロとなっていたことに気づかないまま、答えられずに死んでいくのだ。


かくいう私も、自分の生きる意味を、生きがいを見つけたいという気持ちだったもの、その残骸が私のどこかに捨て置かれているのかもしれないと感じただけであって、そもそもこんなことを考えついてしまうだけ可哀想な女なのかもしれない。


そんな可哀想な女が人の在り方を謳ったところで、争いは終わらないし、人々は平和を謳い続ける。憎むことも、愛すことも終わりはない。初めから私にできることなど何もなかったのだ。


そのとき唐突に、彼に会いたいと思った。彼に会っても当然私の口は動かない。でも今この情動に任せれば、きっと体は動かすことができる。内臓から滲み出てくるようなこの幸福感と衝動が、私の身体を追い越して、車で数十分の距離にいるはずの、近くて遠い彼を抱く。

彼はなんて言うだろう、そう思うと心が怯んだ。

後戻りできない未知の光景を考えるから、人は今に執着する。

ここにいる方がまだましでしょう、そう考えてしまう。

一度決めた企てを、見ないふりしてしまうのだ。


血まみれの彼が頭に浮かぶ。

こんなことはあってはならない。悲痛な思いが胸をつく。しかし、私がやらなくても誰かがやるのだったら、せめて私がやったほうが、私のためにはなるのかもしれない。

私は鼻の奥をツンとさせながら、懸命に考えた。私のための彼への言葉を。


人の命を平気で奪うが、信仰には厚い国である。命を奪うことを懺悔し、神に祈りを届けるために、大砲のシステムには砲弾にメッセージを刻む機能がある。

文字数制限のギリギリにまとめ上げた私の贖罪は、システムに吸い込まれデータとなっていく。

砲弾に言葉を刻むレーザーを眺めていると、確かに自分自身にも刺青を入れられているような、痛々しさがあった。私の国のお偉いさんにとっては、敵の命も、下々の心も、眼中にはないらしい。


私はボタンを押し、燃え盛る想いを大砲へ詰めこんだ。全てがどうしようもなくなったからこそ、これだけはしたい、しなけらばならないのだと願った。

上の画面に表示された、本当に発射しますか?と言うメッセージに、何も考えられないまま再び指を伸ばす。既に燃え尽きた頭は動かないのに、なぜか身体は動かされる。

画面端の時計がふと目に入る。作戦の時間よりも少し早いようだが、今更そんなことは問題ではない。

武器というものは、最後は必ず人がボタンを押さなければならなくなっていた。なぜこのようなシステムにしたのだろう。人ではない何かのせいにした方が、少しはましな世の中になるんじゃないのか。

自分がすっかりわからなくなってきた私は、誰かのために世界を思っていた。


ピッというような、少し高めの機械音がして、私の放った砲弾は、彼の命を奪うため飛び立った。私は、刺青を背負って生きていくことになった。お腹の中がざわりと蠢いた。なぜか少しだけ、誇らしさのようなものも感じた。




次の日、戦争は突然終わった。諸外国の支援が途絶えると分かった敵国は、すぐさま降伏した。互いの死者は七十万人に登った。

特に喜びが湧くことはない。何が何だかわからないまま戦争が始まって、大切な人の、そして多くの知らない人の命を奪うことになってしまって、気持ちの整理どころか、自分の気持ちもわからないまま戦争は終わった。

気づいたら数週間が経って、平定されたそばから学校は始まった。誰が敵味方だったかも関係なく元のクラスに戻された。誰が何をしていたのかは、触れてはいけない暗黙の了解となっていた。クラスメイトの4割は死んでいた。


しばらくして以前の学校生活に少しだけ戻ってきた頃のこと、もとより特に交流しない方の私だったが、話しかけやすい人が減ったこともあったのか、声をかけられた。次の授業は数学だと言うこと以外、特に内容もない話だった。その女の子の耳元では、可愛いピアスが揺れていた。


右後ろの方から悲鳴が聞こえた。思わず体が強張ったのを感じながら、音のなった方へ振り向くと、一人の男子が嘔吐し、それが近くの女子に少しかかってしまったようだった。

信じられないと叫びながら、スカートに吐瀉物をつけた女子は教室から走り去る。友人と思しき数人が、当の女子に何やら声をかけながら後に続いた。


残された私たちは、突然の出来事にあっけに取られ、かすかな嗚咽だけが教室に響いていた。嘔吐した彼は涙を浮かべながら震えていた。

彼に駆け寄る優しいクラスメイトを眺めていると、ふと優しい風が頬を撫でた。

あのときボタンを押さなければ、こうして泣いている人はもっと少なかったのかもしれない。

私のメッセージは燃えて消えてしまった。

刺青は、服の下に隠されていたけれど、風が吹いてあらわになった。

ほんの少しのタイミングで、世界は変わるらしかった。

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