トラック7 これからもよろしく

おーい。起きる時間だぞー。おーい……。えっ……ああ、やっと起きた! ねえ、体の調子は? どこか痛いとこある? 


あれ、なんか固まってる……。私の声、聞こえてる? う、うんうん。聞こえてるってことだよね。なんか首がカクカクしてるけど……。


よかった~、ほんと心配したんだから。だって君、急に倒れちゃうんだもん。そのまま目を覚まさないしさ。しかたなくあの神様に協力してもらって君の部屋まで送ってもらったんだけど。それでね、あの人ったらおかしいの、えっと……え? なーに、声ちっちゃいよ。


君は誰? って……。も、もしかして君……キオクソウシツ~!?



そっか。一度猫になったから……猫は飽きっぽいって言うものね……。


……えっ? 私のこと、飽きちゃったってこと!?


そ、そんなわけないよね。私のために一緒に戦ってくれた人だもん。人間でいたいって思わせてくれた人だもん。彼の胸に飛び込んでニャンゴロになりたいって思った私の乙女心を、そんな、紙屑みたいにポイッて捨てるようなマネ……マネ……。


うっ、うっ……されてたよー! 君がポイ捨て常習犯だってこと、忘れてたよー。びえー……ぐすっ、え、違う?



目が覚めたら可愛い子猫ちゃんがいたから驚いただけ……?


うわー、なんかそのセリフ、おじさんっぽいよ。


だって私、もうネコじゃないし、本物の人間だし。姿だって見えるようになってるよね? なのになんで子猫ちゃん?


私が猫の着ぐるみなんか着てるから? ……はあ!?



あのね。いくら私が元猫だからって、猫の着ぐるみなんか着てるわけないでしょ。


頭の部分に猫耳ついてたりとか……(ピョン、ピョン)……あ、あれ?


お尻に尻尾付いてたりとか(クイ、クイ)……。


してるんだけど! なんで私こんなの着てるのよ!



あっ、そだ!(ぴこーん) 神様が私の服を揃えてくれたの。見てみる? これなんだけど……。どう? どお? ふむふむ……真っ赤なチャイナドレスに? 女子高生が選ぶ着てみたい制服ナンバーワンのブレザー? 他にもいろいろあるけど、下着や靴までまるごと用意されてる、悪魔のような品揃え?


だ、大丈夫!? 顔真っ赤だよ。え? きっと似合いすぎる? 神? でもさっき悪魔って……え? これ着て外出ちゃダメ、なんで? 絶対スカウトされる? 芸能界デビュー? なにそれ、美味しいもの?


あ、もしかして心配してくれてるの? 大丈夫だよ、外出してもちゃんと君の部屋に帰ってくるから。


え? 心配じゃないの……? もしかしたら、嫉妬とか独占欲かもしれない、の? ふーん……。



いいよ! それって私とずーっと一緒にいたいってことでしょ? ならよし!


え? そうじゃなくて? 人間になったばかりの私は、もっと広い世界を知ったほうがいい? 私の可能性を、君が独占しちゃうのは忍びないから……?


……はあっ、やっぱり君は君だね。あのね、そんなに過保護にならなくても、私だって広い視野なら持ってるよ。


私、公園でたくさんの人間を見てきたもん。将来の可能性とか、恋活とか、相性っていう言葉も理解してる。その中で君を選んだの。だからもう、自分を置き去りにして私の幸せばっかり考えるのはやめて。



ねえ、次は君の気持を聞かせて。ううん、言葉じゃなくて。今は目の前に私がいるんだから。うん、いいよ。


くすぐったい! 息が、唇に当たるね……。私にとっては初めてじゃないけど、君からしてもらうのは初めてだね。ううん、エレベーターのときだけじゃないよ。君が寝てるときにもしてたんだ。


あっ、これ正直に言っちゃダメなやつだった? 私をフシダラな子だって思、んん!?。


ん、ちゅっ、ちゅ、はあ、ちゅっちゅ。



ちゅっ、はあ。な、なんか熱くなってきたね。春から夏に変わったのかな……あははあ。うん、君の気持ち、伝わってきたよ。あっ、ねえ、聞いて。私、神様に戸籍っていうのもらったんだあ。


うん、なんかね。あの招き猫の神様、政財界にも昔世話してやった連中がいるから戸籍ぐらいなんとでもなるとか、お腹叩きながら言ってたんだよ。君とスカイタワーに行った話をしたらね、あれの資金調達も俺が手を回してやったあ、とか言ってたし。


それって大丈夫なの? それホントだとしたら、人間の世界は猫に裏から操られてるってことにならない?


え? 人間は昔から、何度も猫を神様として扱ってきた? 手をとりあって暮らしてるだけ? うん、君ならそう言うと思ったよ。



なら君と私が子づくりしても大丈夫だね。私はもう人間だし、子だくさんになって困ることもないよね。ははは、は、は……。


そそそ、そうでした。あの、その点について懸念が。さっき君のパソコンでいろいろ調べてたんですが。


え? 使い方は神様に教わりましたよ。それでね、人間の子づくりについても調べたんです。


私、目を疑いました! あ、あんな衝撃の事実が!



え? 何を見たかは知らないけど、それはファンタジー? 僕は優しくするから大丈夫って……。えっと、何の話です?


乳首の数ですよ! 人間は2つしかないから一度に二人までしか生まないのかと思ったら、8人も生んでるひとがいるじゃないですか! 人間技じゃないです! 前世は猫だったんじゃないですか?


え? 普通は一度に一人? もし乳首の数が足りなくても、ミルクが売ってるから大丈夫? そ、そうなの?


はああああ。あ、ありがとう。ナデナデ気持ちいい。おかげで落ち着いたよ。



それで、そのう、今後のこと、なんだけど……。私、身の振り方が決まってないっていうかあ……帰るおうちがないっていうかあ。


猫から人間に転生した私なんかのことを丸ごと受け止めてくれそうなのは君しかいないっていうかあ。


あ、あはは。こういう時、尻尾があると自分を落ち着かせることができるんだけど、ないと落ち着かないね。


そっか……。だから私、着ぐるみなんか着てたのかな。あ、あはははは……。ちょっとカッコ悪い、よね。



ん? そ、そか、表情とか、声とかでも、気持ちを伝えることができるんだね。


え、姿が見えないときも、私の気持ちは全部伝わってたの……? 


……よかったあ! 昨日デートしたときもね、もしかしたら寂しい思いをさせてるんじゃないかって、ずっと心配してたの。相手の女の子がいつもと違う服を着ててドキドキしたとかあ、手をつなごうかどうか迷ってバクバクしたとかあ、そういう楽しみを君から全部奪っちゃったんじゃないかって……。


でも君は、ちゃんと私がそばにいるって、感じてくれてたんだね。



ってどうしたの? 急に自分のバッグの中身を確認したりして。写真? ああ、あの時スカイタワーで撮った記念写真。


おかしかったよねえ。スタッフのお姉さんに変な目で見られたりして。君が一人で記念撮影なんてするから……え?


一人じゃない! 私も一緒に写ってるよ!? しかも私が着てるのって……。


そ、そうなんだあ、ウェディングドレスって言うんだ~。し、知らなかったよ~(きゃ~、なんであの時妄想したことが写真に映っちゃってるの~!)。



でもこれで手間がはぶけたね。え、何でって……? だって『私たち結婚しましたー』って手紙を親戚友人一同に送らなきゃいけないんでしょ?


気が早い? そそ、そうだよね~。いくらキスしたからって、結婚なんてまだ……まだ……。で、でもね、あの、実は、さ……言い忘れてたんだけど~。


その、神様に戸籍を作ってもらったときさ、ちょこ~っとだけ手違いがあったみたいで~。いや、全然たいしたことじゃないんだけど。私が、ね、君の、妻ってことに、なってるようなあ、それほどでもないようなあ……。


(ピロロン)あっ、誰かからメール?



君のお母さん!? ついさっき市役所で君の結婚を知って動揺してる? も、もしかして怒ってる? あ、そう。早く結婚しろって前から言われてたんだあ。ならきっと平気だね。え? まだ何かあるの?


え……ご両親は、猫アレルギー!?


どどど、どうしましょう。私、猫臭くないですか? この着ぐるみを今すぐ脱がしてください! 急いで! え? 着ぐるみの下がなんで体操着とブルマなのかって? そんなの知りませんよ。


いいから全部脱がしてお風呂に入れてください! 何でって? だって人間は拾った猫のことすぐシャンプーしようとするんでしょう? それで猫臭さが取れるなら、いいじゃないですか。さあ、はやく~。(ガラガラ、ガシャン)



(ガラっ)あの、さ、やっぱり君も一緒に入る? だってほら、君にも猫の匂い、ついちゃってるでしょ? さっきいっぱいぎゅってして、キスまでしちゃったし。だから、一緒に、ね? ……ね?



―――完―――

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姿の見えないネコな彼女~アナタに触れてほしい、この胸の2つだけの女子力 悠木音人 @otohitoyuuki

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