トラック6 初めての共同作業
あ、あれ? なんだか地面が近くなったような。この懐かしい感じ、どこかで。
あっ、さっき食べてたお菓子が落ちてます。せっかく彼に買ってもらったんですから、ちゃんと最後まで平らげないと……あれ? おかしいです。さっき食べた時よりおっきくなってます。
まさかこれって……食べれば食べるほど増えちゃうお菓子!? これも人類が発明したものなんですか!? す、すご! 正直あのスカイタワーとやらの価値は全然分かりませんでしたけど、こっちのスゴさは分かります。
だってこれは食べられますから!
にゃ? あっ、あなたも食べますか? 見覚えのないネコさんですが、なんだか他人と思えません。
どうぞ。このお菓子は食べても増えますから、余裕でおすそ分けできます。
ふっふっふ。感謝したまえよキミ……きみ……君?
あれ? なんか大切なことを忘れてるような。
あーむ、あれ? あわわわわ、歯形が、私の歯形がでっかい! 私の口が、じゃなくて、私がちっちゃくなって……ネコに戻ってるー!? ちょっと待って。なんでこうなったの?
え? その声、あの時の神様? そのぽっちゃりした姿、やっぱりそうなんだ! なに、私のこと? どうやらパートナーを見つけたようだねって……?
え……えー!? 目の前にいるネコって、もしかして君? そういえば、その、そこはかとなく可愛い感じに面影があるっていうか……。
って! なんで!? どうして彼までネコになってるの? ちょっと神様!
ちょ、ちょっと待って……。あのやさしかった彼の目が獲物を狙う野獣みたいになってます! それにその独特な泣き声……。
もしかして、発情中ですか? 目下絶賛発情中なんですか!?
えっと、えっと~、待ってください私まだ状況を理解できてなくて……心の準備も遅刻気味です。おお、落ち着いて! いつもの君に戻って。
どうしよう。まさか人間の意識を失ってる!? 私まだ、君と話したいこと、伝えたいことたくさんあるのに!
私、私、ね……いつも君のこと、見て、ました。君が公園に近づいてきただけで気配が分かるんだよ。あっ、また来てくれたって。
公園に来ると、最初に君がするのは池にかかる橋を歩くことだったよね。
コツコツって木の音を確かめるみたいに、ゆっくりと歩いてた。他の人が歩くときとは違う、ちょっと寂しそうな音……。
でも私のところに来てくれた君は、いつもやさしい笑顔を向けてくれて。それまで寂しそうだったのがウソみたいに。
ネコだったときは、君のそういう所が理解できなかった。でもね、人間になって、君に会いに行ってわかったの。君が人の見ていないところでがんばって、いつもがんばってて、でも人が見てる時はその人に笑顔を向けられる人だって。
だから、私、そんな君が好き……です……、そう、私あなたが好きなんです!
ああ、どうしてもっと早く言わなかったんだろ。ネコになっちゃったら、もう声が届かないじゃない!
ねえ、聞いて! 私の話を聞いてよ! 変なこと言って私をからかってもいいから。お皿でミルクを飲ませようとしてもいいから!
うにゃー! つ、捕まってしまいました。
私が勇気を出して告白してるっていうのに、本能のままに襲い掛かるなんてどれだけ横暴なんですか?
ううん、もしかしてこれは私が望んだこと? 彼ともっと一緒にいたいっていう思い。それを神様が叶えたってこと? はあ、もはやこれまででしょうか。
で、でも……、乳首が8個に戻って女子力アップした今の私なら、彼の子ネコが欲しいかも……。
え、神様、今なんて言いました? こんな男女の営み中に話しかけるなんて野暮なことを……。ふんふん、ええ!? 交尾を受け入れたら彼は完全にネコになる? 私たちはネコとして余生を送ることになるんですか?
そ、そんな大事なこと……。彼には伝えたんですか? い、言い忘れた!? でも彼は私がこの世から消える運命を避けるためなら、なんでもするって言った? そ、それにしたって、その交換条件は言い忘れたで済まないヤツです。不正契約です。
え? 最後は私が決められるようにしたいって、彼が言ったんですか? うぬ、うぬぬぬぬ~! これが、これが男の身勝手という奴ですか……もう怒りました……こうなったら、私の女子力の高さを思い知らせてあげます!
必殺~胴体ひねり! そしてすかさず~ネコパンチ~!(ポコポコポコ) なんで……なんでそんな大事なことを一人で決めちゃうんですか!(ポコポコポコ) どうして、どうしてそんなにバカなの~!(ポッコーン!!)
はあ、はあ、はあ。思わず彼を殴り飛ばしてしまいました。大丈夫でしょうか。
えと……あれ? なんですかあの大きな猫は。しかもとても凶悪そうな顔をしています。顔にはケンカで受けた大きな傷……、背中に鰹節の入れ墨までしょってます! きっとここはあの百戦錬磨な感じのボスネコの縄張りなのでしょう。
そっか。人の気配がなくなったから、侵入者である彼を排除しにやってきたってこと!? ま、まずいです。ネコのケンカは噛みつきありのレスリング。あんなのに捕まったら彼、殺されてしまいます。
ダメ! に、逃げて! あ、あれ? なんか軽くジャブもらっただけで彼ネコが逃げてしまいました……。
そ、そうです、ね。それでいいんです。彼にケガでもさせたら申し訳が立ちません。きっとこれで……。
あれ? なんかボスネコが私に狙いを定めています。あっ、もしかして、これって……待っ! うにゃー! あっという間に首根っこ噛まれてマウントとられてしまいました。
そ、そっか……。逃げなきゃいけないのは私の方でした。これは、これは彼の交尾を拒絶した罰なんでしょうか。彼を誘惑して、こんな目にあわせた私への罰……?
あっ、彼ネコが心配そうに私を見ています。大丈夫ですよ。きっと、これで良かったんです。これで君は人間に戻れるから……。
私のことは、忘れてください……。高いところが怖くて……あは……ケンカの負けを認めるのが早くて……にゃは……そのくせ私のために必死になって……諦めが悪くて……ほんと、どうしようもない人……。そんな優しいあなたのことを、大切に思ってくれる女性を見つけてください!
私はここで母になります。心配しなくても、乳首が8つに増えたから子だくさんでも大丈夫です。
あ、あれ……? なんか目の前がゆらゆらしててよく見えませんが、彼ネコが近づいてきているような……。
うにゃ? ボスネコがうなり始めました。まさか、またケンカする気ですか?
いいえ、ネコは一度縄張り争いで負けた相手に喧嘩を吹っ掛けたりしません。ネコなら……はっ!
まさか、あれ、彼なんですか? あのネコに彼の意識が戻ってる!? だ、ダメです! これ以上君に傷ついて欲しくないんです。
その手の傷……ワケは知りませんけど、きっと私のためですよね? 私がいないフリしてたときは、いつも思いつめた顔であの公園の地図を広げたり、お守りを握りしめたりしてましたよね。
もう十分です。私は君に愛された思い出だけで、一生ご飯食べていけます。だから、もう……。
うにゅ、うにゅにゅにゅにゅ~! なんで逃げないのにゃ~! なんでいつもいつも……オスたちは勝手ばかり……!
必殺、胴体ひねり~! ふっふっふ、首根っこから口を離したのが運の尽きです。そんな真ん丸お目目のビックリ顔しても遅いです。私だって一度は人間のレディーになったんですよ。あなたみたいなケンカに明け暮れるだけの鼻ぺちゃ(ペシ!)とは違うんです、ふふん。
そんな大きな傷を顔につけて、それで自分がカッコイイとでも思ってるんですか? いいえ、あなたはネコの額ほどの土地でボスを気取ってるお山の大将です。
知ってましたか? 人間の世界はとっても広くて高いんです。メスだってオスと対等に話ができます。ウェイトバランス最悪のプヨプヨ肉球と……、乳首が2つしかないのはちょっと心細いですけど……。でも!
私は人間の女性になって思いました(パシ!)。
もう腕っぷしが強いだけのオスにいいようにされるだけのメス猫なんてイヤなんです(パシ!)。ちゃんと私のことを気にかけてくれて、大切にしてくれる人と一緒がいいです(パシ!)。
ケンカに明け暮れるのは縄張りを守るため、ですって!?
人にもらったご飯でブクブク太って……あなたに必要なのは縄張りじゃなくてクビレでしょ? 人間の皆さんのやさしさに甘えてるだけのあなたに、縄張りを語る資格なんてないんですよ!
時間稼ぎ終了。さあ、君! 今です! 彼ネコがボスネコに後ろから体当たり、同時に、私がボスネコを蹴り上げます! うにゃにゃあ~!
そして二人で交互に体当たり! はい、捕まらないようにヒットアンドアウェイですね!
体が重くてヨロヨロしてるボスネコに、最後は同時攻撃! 了解です。はい、君と私の、初めての共同作業です!
『ネコネコ、ダブルボンバー!!』(ポコポッコーン!!)
★★★
次回、最終回。
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