第2話 いつも通りの朝
──わたし明日消えちゃうんだ。
昼下がり、公園で無邪気に遊ぶ子供たちを見ながら、
彼女は悲しげな声でそう言った。
意味がわからなかった。
何かの冗談だろうと思った僕に、
彼女は真面目な顔で話を続けた。
──もう時間切れみたいなの。
──本当は、もっと一緒にいたかったんだけどね。
──でも、もうどうにもならないんだ。
彼女が嘘をつく時の癖は、
いやというほど知り尽くしている。
彼女と長い時間を共にした僕だからこそわかる。
彼女が言っていることは嘘でも冗談でもない。
だからこそ意味がわからなかった。
消える?しかも明日?
再来月には結婚式までひかえているのに?
──えっと…それはどうにもならないの?
──うん。どうにもならないの。
──絶対に?天地がひっくりかえっても?
──うん。絶対。絶対消えちゃうの。
彼女の顔は見えなかったが、
その震えた声から彼女の顔は容易に想像できた。
──なんでこんな急に?結婚式はどうするの?
──ごめんね。
──何かできることはないの?ほら!よく映画とかであるじゃん。『過去に戻って彼女の未来を変える!』みたいなさ!
──ごめん。
──いや、ごめんじゃなくてさ、こんな急に、だって、来週だって一緒に花火見に行こうって!
──ごめんね。本当に。
否定してほしかった。
全部嘘だと言って欲しかった。
突然振り返って、僕の顔を見ながら、
すべて冗談だと言って笑って欲しかった。
──おにーちゃんとおねーちゃんどうしてそんなに泣いてるの?だいじょーぶ?
心配して話しかけてきた小さな子供に、
僕は必死に笑顔を作って返した。
──うん、大丈夫だよ。大丈夫。お兄ちゃんもお姉ちゃんも元気いっぱいだよ
何も大丈夫なんかじゃなかった。
頭の中はもうグチャグチャだった。
頭には彼女との思い出がフラッシュバックし続け、
僕はただひたすらに泣くことしか出来なかった。
目を閉じると昼間の出来事が頭の中を駆け巡る。
目を覚ましたら彼女はもういない。
そんなことを考えたら寝られるはずもない。
──ねぇ、起きてる?
──…うん、起きてるよ。
──あのさ…
──うん?
──いや、…ありがとうね。
──うん。こちらこそありがとう。
──大好きだよ。
──うん。わたしも。大好き。
──その…さ、
──うん?
──絶対に…絶対に忘れないから。
──…うん。ありがとう。…大好き。
奇跡を信じて僕は目を閉じる。
大丈夫。きっと、大丈夫。
朝、いつものアラームで目が覚める。
鳴り響くアラームを止め、無理やりに体を起こす。
カーテンを開け、大きなあくびをする。
いつも通りの朝。何でもない、いつもの朝。
なにかいつもと違う気がするが、
きっと気のせいだろう。
濡れた枕と、いつもより少し広い気がするベッド。
何か長い夢を見ていた気がする。
いや、夢の断片すらも思い出せない。
きっと気のせいなのだろう。
流れる涙の理由など考える間もなく、
僕は慌ただしく、いつも通りの朝を続けた。
誰にも気づかれない物語 祈更木 @kisaragi333
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