エピローグ



「帰ったぜーッ!」



 男は高らかに声を挙げて、仲間達に帰還を伝える。

 頭部から角を生やした赤髪の男は仏頂面で、白髪の少女は鬱陶しそうに目を向ける。

 額に大きな十文字がある華奢な男は、まるで聞こえていないかのように一瞥もくれることなく一心不乱に骨付きの肉を喰らっていた。



「……お前ら、仲間が帰って来たのに反応薄くないか?」

「お主はいちいち喧しいんじゃよ」



 呆れたような視線を送る少女に、男はムッと顔を顰める。



「喧しいってなんだよ、失礼だな。俺はちゃんと仕事してきたんだぜ? ほらよ」



 物言わぬ骸となった一刻の身体が宙を舞う。

 そして、ぐしゃりと不快な音を立てて地面とぶつかった。



「あまりぞんざいに扱うな。そいつは大事な器だぞ」



 赤髪の言葉に、男は肩を竦める。



「へいへい。スンマセンね」



 口では謝罪を告げるも、しかし男に悪びれる様子はない。


 どうせ治すのだ。

 多少壊れた所で、今更問題はないだろう。

 男はそう思いながら近くのソファーへと腰掛けた。



「しかし、リンドウ・ヤマトって言ったか? 強えな、アイツ」



 竜胆大和が強いという話は聞いていた。

 魔法の才能に恵まれ、あらゆるスキルを使いこなしている、と。

 しかしそれでも、勝つのは一刻だと思っていた。


 大和がどれだけ魔法の才能に恵まれていようと、あらゆるスキルを使いこなしていようと、〈ユニークスキル:怠惰〉の前には意味を成さない。

 それは、1度敗北を喫している男が良く分かっていた。


 あれに勝てるのは、同じくデドゥリーシンシリーズのスキルを持つ者か、あるいはアフェクションスキルを持つ者だけ。

 大和も〈ユニークスキル:傲慢〉を持っていることは知っていたが、アルストロメリアとハイロによって封じられていることも知っていた。


 故に一刻の勝利を予想していたのだが、その予想は見事に外れた。

 大和は土壇場で枷を破壊し、〈ユニークスキル:傲慢〉を使いこなしてみせたのだ。

 最後には呑まれてしまったようだが、それでも土壇場で制御してみせた胆力は賞賛に値する。



「流石、アンタに勝っただけあるよ」



 男はそう言って少女へと視線を滑らせた。



「当然じゃ。ヤマトがあの程度の小僧に負けるはずがあるまい。あんなのに負けるのはお主だけじゃよ」



 フッ、と嘲笑する少女。



「……おい、ばあさん。喧嘩売ってんなら買うぞ」

「喧嘩? 儂とお主がか? 笑わせるな。喧嘩とは対等な者同士が行うもの。儂とお主では喧嘩にならんよ」



 ピキッ、と男の額に青筋が浮かぶ。



「上等だ!! 表出ろババア!!」

「いいじゃろう。ちょうど退屈していた所じゃ。実力の差を思い知らせてやろうぞ」



 一触即発。

 立ち上がった2人の間に緊張が走る。

 そこへ割って入ったのは赤髪の男だった。



「やめろ、お前ら」



 巻き起こる魔力の奔流。

 さしもの2人もこれには狼狽えた。

 これまで我関せずと肉を喰らっていた男の手も止まる。


 全員が息を飲む。



「身内同士の揉め事は御法度だ」



 そう呟くと、男は魔力を霧散させた。


 やはり、この男は格が違う。

 最強の一角として数えられる自分達でさえ、この男には勝てる気がしない。

 その場に居合わせた全員が同じことを思う。



「……チッ」

「……やる気が削がれたわ」



 男は舌を打ち、そして少女は溜め息を吐き出して乱暴に腰を下ろす。

 辺りは静寂に包まれた。

 聞こえるのは、肉を頬張る咀嚼音だけ。



「──して」



 唐突に口を開いたのは少女であった。



「アレからもうじき1ヶ月になるが、例の計画……進捗はどうなのじゃ?」



 少女の問い掛けに、「順調だ」と答える赤髪の男。



「既に全てのは召喚を終えた。残ってるのは調節くれえだ。予定通り、2日後、地球は次のステージへと進む」

「カカッ、そうか。漸くか……」



 大和と再び相見える時も、少しづつ近付いている。

 少女は頬を緩ませた。


 此度の戦いを経て、大和は更なる成長を遂げただろう。

 玉響一刻は、大和を成長させるにはちょうどいい相手であった。


 大和の成長を見ていると、年甲斐もなく胸が踊る。

 まるで、最高の料理を作る過程を見ているかのようだ。


 一体、どのような料理に仕上がるのか。

 それは少女にも分からない。

 分からないが故に面白い。


 しかし、大和がまだ発展途上であるように、地球の進化はまだこれから。

 ここまでは序章に過ぎない。

 つまり、戦いもこれからが本番ということになる。

 次なる敵は更に強大だ。


 あるいはそこで敗れるかも知れない。

 その時はそれまでの男だったということだろう。

 それならばそれで構わなかった。


 残念ではあるが、見込み違いだった。

 それだけだ。


 しかしもしも、その危機を乗り越えられたなら、"ヤマト"という料理は完成する。

 その味はきっと、極上に違いない。


 想像するだけで頬が緩む。



「──さあ、早く来いヤマト。儂は……儂等はお主を待っているぞ」



 そして、その果てに大和は残酷な真実を知ることになるだろう。

 それを知った時、大和は現実を受け止めることが出来るのだろうか。

 現実は、想像よりも遥かに残酷だ。



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【二章完結】帰還した地球にはモンスターが溢れていた 白黒めんま @ren0218

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