僕達は友達になれない(文芸)
「そこに誰かいるの? 私とおしゃべりしない?」
「いるとも。でもそっちにはいけないんだ。そのままお話して」
「いいわ。ちゃんとすがたをみたいけれど、私の姿を見てほしいけれど、でもいいわ。いいわよ」
「随分楽しそうだね。いいことでもあったのかい?」
「まあ、聞いてくださるの? あのね、私今とても素晴らしい世界を羽ばたいているの」
「素晴らしい世界? この世界がかい?」
「そうよ? だってこの広い空。素敵だわ。今までずっと見上げてばかりだったんですもの」
「なるほど、君はまだ飛び立ったばかりなんだね」
「ええ、さっき、お空にあの眩しい光が出てきたときに。不思議だわ。どうしてあの光はどんどん上に行くのかしら」
「また落ちてくるよ。そして夜になるのさ」
「よる? あの真っ暗な世界のことね」
「そうだよ。あの光は太陽というのさ」
「そうなの。ねえ、あなたとても詳しいのね? こっちに来て一緒にお話しましょう」
「……悪いけど、僕はここから動けないんだ」
「どうして? せっかくこんなに素晴らしいのに」
「ここが僕の家だからね」
「家? 素敵ね。それなら、そっちにいってもいいかしら。あなたともっとお話してみたいわ」
「このままではだめなのかい?」
「そうね。でも見てほしいのよ。私今とってもきれいなのよ? 前はあまりきれいじゃなかったの。それにこわーい生き物がいっぱいいて」
「怖い生き物?」
「大きな音を立てて突然お空からやってくる私とは違う羽を持った生き物とか、黒くてたくさん集まってくる生き物とか。それからもっともっと大きな大きな、あれは何かしら、とにかく大きな何かがいたのよ」
「それは鳥かな。蟻かな。ああ、大きな生き物。きっとそれはニンゲンだよ。でも心配はいらない。美しい君ならニンゲンは怖いことをしないと思うよ」
「そうかしら……。それなら怖いものはないのね。ねえ、あなたやっぱり姿がみたいわ、そっちに行ってもいいかしら」
「やめたほうがいいよ」
「でもあなたの姿もみたいわ」
「それならなおさらやめたほうがいい」
「そんなこと言わずに、お願いよ」
「どうしても?」
「どうしても」
「それならこっちにおいで。僕は動けないから」
「いいわ。今から行くわね」
「どうぞ。でも君は来ないほうが良かったと思うに決まってるさ」
「まあ、そんなこと…………あなた! あなた! その色は何? まるでお尻に針を持った鋭い生き物のようだわ! それに脚が8個もある!」
「そうとも、だから言っただろう?」
「あなたはなあに?」
「八本足の虫だよ。さあ、怖くないのならもう行くといい」
「……もっと近くで見てみたいわ。だってあなたのお家とてもキラキラしてる」
「だめだよ、きちゃいけない」
「どうしても?」
「どうしても」
「でも気になるわ。ねえ、あなた見た目は恐ろしいけれど、優しいもの。そっちに行きたいわ」
「だめだよ」
「でも……」
「ちょっと! ちょっと! そこの君! きれいな色の羽を持った素敵な君! そこはとても危険だよ! そいつはとても危険だよ!」
「まあ、あなたはどなた? 大きな鎌。それに大きな目ね」
「俺が誰だっていいじゃないか。そんなことよりそいつは君を食べるつもりだ。そいつは君を食べるんだ!」
「……そんなこと」
「そいつらはそうやってイイヤツのふりをして君をおびき寄せるんだ! その巣に捕まったらもう、逃げられない。悪いやつだよ」
「本当に?」
「本当さ」
「まって、まっておくれ。たしかに僕は恐ろしいけれど、君を食べたりしないよ。それよりもそいつの言うことを聞いてはだめだ。そいつは大きなその鎌で、君を捕まえてしまうよ。ズルくて、凶暴なんだ」
「ひどい! ひどいな! 俺はそんなことしない。お前とは違う」
「ああ、ああ! もうやめて! わかったわ! とても恐ろしいのね、鎌のあなたは親切なのに、ああ、八本足のあなたはどうしてそんなひどいことを言うの」
「そうとも、さあ、おいで。俺がいろいろ教えてあげるよ」
「そうね、そうね。ああ、恐ろしい」
「まって! だめだよ! ああ、行ってしまった……」
羽ばたいて行ったその姿を見おくって、僕はため息をはく。
「そうさ、僕はクモ。鋭い牙と、鋭い脚と、たくさんの目と、触れたら離れられない家をつくる。僕は君を食べる生き物。近づいて、僕の家に触れてしまったらそうするしかないね。でも、君がついていったやつも……君は何も知らない、美しいね」
僕達は蜘蛛と蝶。友達にはなれない。
思いつくまま1000文字以内で短編集 日向はび @havi_wa
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