姫様のわがまま(ハイファン)


「王は、休むことはお嫌いか」


「は?」


 唐突な問に、王、エドガーは素っ頓狂な声を上げた。

 それほどに突然のことであった。

 なにせこれまで、彼女がエドガーの公務中に話しかけてきたことはなかったからだ。

 思わず、何を言ってるんだ?と問いかけようとしたエドガーは、すんででその言葉を飲み込む。

 同じ部屋で執務に当たっていた、書記官の一人が驚いたように顔を上げているのが見えたからだ。

 ここは二人きりではない。

 多くの者に本性を隠して王をしているエドガーは、信頼できるごく少数の人間にしか本性を見せない。姫はその一人だったが、書記官はそうではない。


「姫、もう一度おっしゃっていただけるだろうか」


 おだやかに微笑んで、エドガーが尋ねる。

 すると姫は不機嫌そうに顔を歪めると、小さくため息をもらした。

 目を瞬かせるエドガーを無視して、彼女は手に持っていた書類をエドガーの机にのせると、長いドレスの裾を払って部屋を出ていってしまった。

 あっけになるエドガーのよこ、いつの間にかとなりにいていた騎士、バージルがため息をはく。


──なんだ二人して。


 思わず睨みつけたエドガーを、バージルは物憂げな様子で見つめると、そっと身をかがめて耳元で囁いた。


「陛下、以前姫君とお食事を取られたのはいつでございましたか」


 これまた唐突の問である。


「……7日ほと前か」


「では、姫君の部屋をお尋ねになったのは」


「会談の前日だから、10日前だろう」


「姫君と最後にお二人で話されたのは?」


「…………」


 エドガーは沈黙を返す。

 全く思い出せない。


「陛下。本日はすこしお休みになられては?」


「……そうする」


 王は小さくつぶやくと、勢い良く立ち上がった。


「書記官、申し訳ないが、私は今日はここで終わりにさせてもらう。其方そなたには手間をかけさせるが、ここの書類の整理を頼む。明日目を通す」


「は? はい。かしこまりまして」


 驚いた様子の書記官とバージルをおいて、エドガーは部屋を飛び出した。

 その頬はわずかに赤い。

 走るように廊下を進みながら、エドガーはさきほどの姫の顔を思い出して、心の中で吐き捨てた。



──あんの女! そういうわがままはわかりやすく言え!



 追いついた王が姫の機嫌を治すのに四苦八苦していたというのは、また別の話。

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