アンフェア人狼

人生

 アンフェア人狼




 ミステリーを創作する際に、守らなければならないルールというものがある。


 いわゆる「十戒」と呼ばれるものだが――魔法を使おうと、超能力に目覚めようと、たとえ犯人が探偵であろうと、最低限これだけは守るべきお約束が二つある。


 ――ひとつ。どういうかたちであれ、「犯人」が物語に登場していること。

 それまで一切言及されていない謎の人物Xが突然現れ、「自分がやりました」などと言われてはたまらない。可能なら既に名前の出ている登場人物の中に犯人が潜んでいるべきだ。


 ――ふたつ。どういうかたちであれ、謎を解く手がかりが提示されていること。

 それが間接的であれ、ニュアンスとしてであっても、全ての謎が明かされた最後になって、読者に「あれが伏線だったか」と思わせる要素が作中で言及されていなければならない。


 最低限守るべき二つのお約束。

 それが守られなければ、そのミステリーはあんまりアンフェアだ。




 ――いわゆる疲労骨折というやつで、立瀬たつせまことは二、三か月程度の運動自粛を求められている。


 そのため、放課後のバスケ部の活動には参加こそするものの、原則として運動は禁止。応援したり、ボールを磨いたりとまあ主に見ているだけの時間を過ごしている。

 つまるところ、とてもヒマを持て余していたのであった。


「あいつら、何してんの?」


 そんな立瀬が、同じ体育館内で活動している演劇部員たちに興味を示したことは、ごく自然な流れだと言えるだろう。


 体育館の奥、校長先生などが挨拶するその舞台で、円形になって集まっている演劇部。七人いる。確か、もっと数がいたはずだが、今は他の部員の姿はない。みんな揃って白いマスクで口元を隠し、スマホを手に座っている。傍らにはホワイトボード。何かの打ち合わせだろうか。


「なんか、ゲームしてるらしいよ。『人狼』って知ってる?」


 隣に座るバスケ部のマネージャーが教えてくれる。


 いわく、村人の中に紛れ込んだ「人狼」が、夜な夜な村人を殺す。村人たちは議論を交わし、疑わしき人物を投票して処刑しながら、自分たちの中に隠れている人狼を見つけ出さなければならない。


「人狼と村人の数が同数になった時点で村人側の負け。投票が成立しないからね。だから早く人狼を見つけて吊らないと、村人が全滅しちゃうってわけ」


「デスゲームか……」


「まあ、怪しいヤツを片っ端から吊ったりとかする場合もある。死亡することにペナルティがあれば別だけど、そうじゃないならあまりデスゲーム感はないかな。それも戦略なんだろうけど……まあ、うん」


 マネージャーはバスケ部員たちを見て何を思ったのか、遠い目をしながら、


「パッションとかで投票を強行しそうだよね……」


「つまり、頭を使うゲームなんだな」


「え? 何?」


 立瀬が立ち上がる。


「いや……やめなって。足だけじゃなくて首も吊ることになるよ? あっちは嘘の中に真実を混ぜて議論するような超絶頭脳戦してるはずだし、馬鹿正直な体育会系には無理だって。すぐ吊られるよ。馬鹿なんだし」


「本音が出たな……。うちのマネージャーですよね? 偏見ひどくない? ……とにかく、オオカミ少年になればいいんだろ?」


「そういう話でもないんだけど……」


 ギプスで固定された右足を気にしながら、杖をついて演劇部の方へ向かう。


「たのもーう」


『は?』


 戸惑う彼らに早速、『人狼ゲーム』に混ぜてくれと頼むと、代表して、一番先輩である部長が口を開いた。


「それは構わないけど……その痛々しい格好は何?」


 立瀬が答えようとすると、


「疲労骨折で全治三か月らしいっす」


 と、同じクラスの浪川なみかわという男子が代わりに答えた。ふうん、と質問しておいて興味なさげに頷くと部長だったが、


「実は我が部は現在、ウイルスによってクラスターが発生、みんな病欠、活動できる部員がこの七人しかいないのである。そのため、脚本のネタ作りと演技練習を兼ねて――ウイルスを持ち込んだ人狼を火炙りにしようってわけ。つまり、遊んでいるんじゃなく、立派に部活動をしているの」


「リアル人狼……」


「ほら、人に感染うつすと治るっていうだろ? 感染してない――あるいは、既に治った人間がこの中にいる。その裏切り者を処さないと、部の秩序は保たれない」


「ははあ……」


 部長の考えを読み取る立瀬である。怪我をした→病院に行った→ウイルスに感染したのでは? ――そう疑われているようだ。部外に感染源がいれば、それもまた部に平穏を取り戻すきっかけになる。


「俺も立派な容疑者か」


「そう、参加資格はある。人狼に混ぜてあげてもいい。ただ、もうゲームは二日目なんだけど――」


「じゃあ、俺は――後から村に来た、『探偵』ということで。この村で起きた惨劇の謎を解きに来ました」


「いいね。じゃあ……一日目にゲームの管理人GMである私が死体で発見されている。だから、キミは私の依頼でやってきた……と、自称する探偵という設定で」


 話の分かる部長である。ただ、二人の間ではスムーズに交渉が進んだが、周りの部員たちはなんとも言えない顔をしてこちらを見ている。後から飛び入り参加されてもゲームの性質上、あまり意味がない。人狼でないのは明らかだからだ。


「状況を説明しよう。まず、一日目に私が無惨な姿で発見された。これは村に古くから伝わる人狼の仕業に違いない、犯人は村人の中にいる、と疑心暗鬼が深まり――彼女持ちだった喜多くんがヘイトを買って吊るされた」


 喜多です、僕の役は――と、自己紹介ついでに役の設定を説明しようとした喜多くんだったが、部長に「死人に口なし」の一言で黙らされてしまった。黙祷。


「そして、現在。二日目。一日目に『占い師』を自称した田抜たぬきくんが哀れな姿で見つかった」


「タヌキだけに、オオカミの餌食になった、と……。『占い師』っていうのは、議論が終わった夜の時間に村人一人の正体を知ることが出来る役職、ですよね」


「そう。他に、指定した村人を人狼から守る『狩人』がいて、これが村人陣営の役職。『人狼』は夜に村人一人を指定して殺害できる。殺さなくてもいい。他に、中立というか、『人狼』がいる間は実質人狼陣営の『狂人』がいる。人狼陣営だけど、人狼側とは繋がっていないし、死ねば『村人』と判定される」


「なるほど。ちなみに、人狼の数は?」


「現在の生き残りは四人。この中に――人狼陣営は二人。実を言えば同数になったので村人側の負けだったんだけど、キミが入ったので三対二、ゲームが続行できる……それで異論はないね?」


 と、部員たちを見回す部長である。そう言われては仕方ない、と渋々頷く。


「あと数日で警察が村に到着する――それまでに人狼を駆逐できるか、あるいは全滅か――では、議論をどうぞ」




 生存者は、立瀬と演劇部員四人――合わせて五人。


 男子はクラスメイトの浪川と、一年生の照井てるい。女子は高野たかのと、入間いるまという子の二人だ。彼らの自己紹介プロフィールを一通り聞いてから、


「じゃあ、まずはアリバイを聞こう」


「この村の人間はみんな一人暮らしで、殺人が発生した夜もみんな家にいた。だからアリバイの証明は不可能だよ」


 と、部長GMから注釈が入る。


「じゃあ、情に訴えるか。自首しなさい。お袋さんが泣いてるぞ、これ以上罪を重ねるな」


「みんな一人暮らしだから、両親とかも特にいないよ」


「天国のお袋さんが……」


「依頼されて来たって言ったわよね!」


 高野が声を荒げる。ヒステリーでよそ者に対して警戒心が強い、という設定。


「あなたが部長を殺したんじゃないの? 実は最初から潜伏していて、口封じのために私たちも殺すつもりなのね! この村に古くから伝わる人狼伝説を利用して――警察には私たちが殺し合ったように見える! ……死体を隠すなら死体の中ってね!」


「高野先輩がそのつもりなら、ぼくも一票入れますよ! 吊りましょう!」


 と、賛同する照井少年。


「あれ? 俺、吊られる流れ?」


 助けて、とクラスメイトに顔を向ける。すると浪川はうつむき、


「僕も……昔からよく知る村人たちの中に人狼がいるなんて、信じられない……。他所から来た第三者を生贄に捧げる――悪い風習だとは分かってる。でも、村人の中に人狼がいると考えるよりはマシだ……」


「マジか」


 これで三票入ることになりそうだ。


「いや、でも、俺が村人なのは確定だよね?」


「そうとは限らないわ……。部長があらかじめ用意していた『第二の人狼』である可能性もある……。このゲームの投票や意思決定はスマホを使って行う――ゲームの状況もそうして、ここに合流する以前から掴んでいたんでしょう?」


「そうだね……初日に一人しか殺されてないから『人狼は一人』と思い込んでいたけど、部長はさっき、『人狼陣営は二人』と言った――人狼に混ぜる、とも。人狼と狂人ではなく、人狼二人である可能性も……なにせ、狂人は『中立』らしいから……」


「じゃあお前たち二人だよ! 村人である俺をいかにも吊りたいって主張してくるんだし!」


「キミは本当に村人なのかな?」


 と、脇から部長が口を挟む。


「昼は人間でも、夜はオオカミになるから人狼なんだよ? 理性を失って人を殺すんだ。そのあいだの記憶も失っている。自分が村人だと信じてこんでいる『狂人』の可能性もあるね?」


「死人は黙っててくれ!」


 なんとか弁明しなければ、と立瀬は焦りを募らせる。


 その時である。


「もう、疲れました……」


 それまで黙っていた入間が口を開く。


「お互いを疑い合う、こんな状況はもうイヤです――吊るなら、その人じゃなくわたしを吊ってください……。わたしが三人を殺しました!」


「狂人アピールだ! 吊るなら俺じゃなくこの子を――」


 いや、待てよ。とそこで立瀬は口を閉ざす。


(この状況で狂人が名乗り出る理由はなんだ? 人狼側は今日村人を一人吊り、夜に殺せば勝てる――狂人を吊るのは避けたいはず。つまり、自分が狂人だと人狼側にアピールしている……? でもそうすれば、狂人が吊られ、今夜村人を殺しても――人狼一人と、村人二人。ゲームは続行だが、もし狩人に止められたら……村人三人に対し、人狼一人。リスクが高い――人狼が吊られるという万が一を排除するためにも、狂人が身を挺して?)


 もしも、本当に人狼が二人いるとしたら――


(村人二人と、人狼陣営が三人――人狼側は、狂人が吊られても、残る村人を夜に一斉に殺せば勝てる――)


 狂人が名乗り出たのは、もう勝てるから――


(いや、でも、それなら俺が入る前の時点で一対三になる――じゃあ、やっぱり俺が人狼なのか……? いや――)


 そこで、立瀬は閃いた。


「投票の前に、謎解きをしようじゃないか」




 占い師が村人の正体を知ることができ、狩人が守る能力を持つなら、「探偵」の能力は、推理を聴衆に聞かせる権限である。


「これは、陰謀だ。この村に伝わる人狼伝説を利用した――何者かの陰謀!」


「はあ?」


「つまり、人狼なんて最初からいなかったんだ――部長の死因は詳しく描写されていない。無惨な姿とだけ――それなら、別に人狼の仕業とは限らない。何者かが殺し、それを人狼の仕業に見せかけて……この村に伝わる伝説を想起させる。そうやって村人同士に殺し合わせることが真犯人の狙いなんだ!」


「なんのためにそんなことを?」


「土地の買収さ――この村の土地が狙いなんだ。しかし、村人は立ち退きに応じない。ならば仕方ない、やってしまえと――それが、真犯人の動機だ。人口が少ない村だから、そういう強行もできる。事件は全て、人狼伝説のせいにしてしまえばいい……人狼という、架空の犯人をでっち上げ、自分は罪を逃れるつもりなんだ!」


 ――と、立瀬が我ながらよく出来たアドリブに感じ入っていると、


「死因の描写に言及するのならね、キミ――ミステリのお約束を守らなければいけないよ。探偵として――犯人は、ぽっと出の第三者であってはならない。どこの誰とも知れない資産家じゃなく、この中にいるはずだ」


「なるほど、じゃあ教えてやろう――人狼……いや、金に目がくらみ、資産家に魂を売った人でなし――犯人は、お前だ!」


 立瀬が指さす先、そこには――


「部長……?」


「でも部長は初日に……」


「そう、この人は初日に死体で発見された――無残な姿で! なら、どうして本人だと言い切れる? よく似た別人、あるいは『部長の家で見つかった死体』だから部長だと判断しただけじゃないのか? ここはみんな一人暮らしの村みたいだからな! 偽の死体を用意した部長は、今も隠れ潜んでいる――真の人狼として!」


 いや、さすがにそれは――でも、ありえるかも――偽の死体はどこから――賛否両論といった感じの部員たち。立瀬は続けて、


「それに、だ。『死人に口なし』と――既に死亡した二人には黙秘を強要したにもかかわらず、部長は口を挟んでくる。GMだから? いや――GMという皮を被ったオオカミ、それが貴様だ!」


 おぉう、と勢いに圧されて声をもらす部員たち。


「探偵である俺をこの村に呼んだのは、そう――自分を止めてほしかったんだ。古い因習に縛られた村への復讐を――」


「立瀬ー、先生来たからミーティングー」


 と、話の途中にバスケ部の方から声がかかる。


「あ、じゃあ俺はこれで」


 謎も解けたし、と満足げな立瀬であった。




「ところで」


 立ち去ろうとする立瀬に、演劇部の部長が声をかける。


「人狼は、誰だと思う?」


「え? うーん……浪川じゃないですかね」


「理由は?」


「この前、病院で会ったんで」


「へえー、ほーう。初耳。じゃあ投票は彼にということだね」


 それじゃ、と立瀬は去っていった。残された演劇部員たち――いたたまれない様子の浪川くんである。彼は空気を変えようとするように、


「と、ところで、部長? 人狼は本当に二人……? 確かに人狼の数は明言されてなかったすけど――GMが人狼も兼ねてるってのは、さすがにフェアじゃないのでは……?」


「あの探偵クンが人狼だったかもねー? 参加するなら『人狼は二人』、こないなら『一人のまま』だったのかも。なんにしても、アドリブに対応するいい練習にはなったよね」


 答えをにごす部長である。一応、まだ議論中ということで、他の部員も新たな可能性について意見を交換する。


「もう一人いたかどうかは、人狼なら分かるんじゃない? 夜時間に誰を襲うか相談したはず――でも、一日目は占いを襲うので確定で、相談なく決めて……人狼自身、仲間の存在に気付いていなかった?」


「とりあえず浪川先輩吊りましょうよ」


 かくして、勝敗は決した。




「ところで――あの人が仮に人狼だったとしたら、村の外部の人間になるんですけど。何を目的にこんな田舎まで?」


「快楽殺人犯なんだよ、きっと」


「里帰りじゃない? ここ、人狼伝説のある村だし。遠い親戚なのかも」


「部長はどう思います? 探偵役あの人の設定」


「たぶん、殺しにきたんだよね」


 何を? という部員たちの問いに、部長は――


ヒマつぶしキルタイム



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アンフェア人狼 人生 @hitoiki

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