第10話 白い箱
志郎は9月最後の金曜日に別れの挨拶をして、日曜日には鳥取に行ってしまった。志郎の希望で直前まで転校の話は誰にも知らされていなくて、突然のことだった。私が布施家が引っ越しすることを聞いたのは、木曜日の夜のことで、母からだった。
志郎は土曜日の夕方、1人でウチに挨拶に来た。私とクロに別れを言いに来たのだ。クロを撫でている志郎に、なぜ引っ越しすることを黙っていたのかをたずねた。転校の多い志郎は、転校のたびに送別会などで迷惑をかけたくないからと言った。
転勤の多い布施家は、もともと荷物も少なくて、すでに引越し先に送ってあった。借家は家財道具付きだったから、衣類や布団と最低限必要な物だけだったらしい。母の話によると、変わったナンバーのトラックが来て、数人の若い男性が手際よく荷物を積み込んであっという間に行ってしまったそうだ。
日曜日の朝、私は車で出発する志郎を見送った。志郎の父親は中肉中背の姿勢のよい人で、きっちりしたお辞儀をしてお礼を言った。私にも「志郎と仲良くしてくれてありがとう」と言ってにっこり笑って会釈した。母親もしっかりした感じの人で、同じようにきっちりしたお辞儀をした。
その日の午後、私はエミに電話して岬公園に誘った。
先に来ていたエミは、魂が抜けたみたいにぼんやり立っていた。
岬公園は小さな公園だったけれど、花壇にはたくさんの花が咲いていた。私とエミは木陰のベンチに並んで座った。日向は暑いが日陰は涼しかった。エミは志郎の転校前から元気がなくて、様子がおかしいのを私は知っていた。
「布施君が転校すること、知ってたの?」
エミがうなずいた。
「布施君にお別れ言ったの?」
エミがゆっくり首を横に振った。
「何も言わずに別れちゃったの?」
エミがゆっくりうなずいた。
「好きだったんでしょ? 布施君のこと」
エミは何も答えず、うつむいたまま黙っている。
「どうしてみゆきが私の携帯番号知ってたの?」
エミがうつむいたままポツリと言った。
「布施君から聞いたの。引っ越しの前の日に」
しばらくしてエミが言った。
「みゆきも布施君が好きだったんでしょ?」
「前にも言ったけど、わたしと布施君は近所のトモダチ。それだけよ」
「私、知ってるよ。布施君がみゆきの家に遊びに行ってたこと」
「そう。知ってたの」
私はちょっとため息をついた。
「信じないだろうけど、布施君はウチの猫に会いに来てたの」
「ウソ、ウソ、ウソ! 嘘ばっかり!」
エミが怒ってそっぽを向いた。
「ごめん。黙ってて。布施君は2年おきくらいに転校してて。友達と別れるのがつらいから、あんまり親しい友達を作らないようにしてたらしいの。でも、猫が好きで」
「嘘。そんなのみんな嘘。なんでそんな嘘つくの!?」
エミは私の言葉をさえぎって言った。私はエミの剣幕に気圧されて黙った。
しばらく私たちは心地よい風に吹かれていた。私は頃合いを見て言った。
「ねえ、エミ。これ、布施君から預かってきたの。引っ越しの前日にウチに来て、これをエミに渡して欲しいって」
エミが黙ってこっちを睨んだ。
ナニ? という顔で私を見ている。
私は持ってきていた紙袋をエミに渡した。
怪訝な顔で受け取ったエミは紙袋をのぞき、白い箱を取り出した。
ちょっと細長い白い箱には、リボンが結んであった。包装紙はない。
厚紙の真っ白な箱に青いリボンがきちんと十字に結んであった。
「中は見てない。布施君からも聞いてないの。ただ、これを渡して欲しいって」
エミは箱を手に取ってじっと見ている。
「ほんとうに? ほんとうにこれを布施君が私に?」
私は黙ってうなずいた。
「自分で直接渡したかったみたいなんだけど、間に合わなかったって」
エミは箱を開けようとしたが、私がいることに気づいて開けるのをためらった。
「私、帰るね。私は布施君に、それをエミに渡すように頼まれただけだから」
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私は無地の真っ白い箱を見て、布施君が差し出した白いハンカチを思い出していた。あのハンカチは今も持っている。布施君が返さなくてもいいと言ってくれたから。リボンは自分で結んだのだろう。蝶結びだけどギフト用の装飾はなかった。たるみのないきっちりした結び方が、まじめな布施君らしかった。
箱を開けると、薄紫色の花束が入っていた。
シオンの花だった。
布施君の前で私が泣いたとき、花壇に咲いていた花。
4月に布施君にベゴニアの花言葉をきかれた時から、私は見かけた草花の花言葉を調べるようになっていた。もちろん、布施君にきかれたときにすぐ答えられるように。
シオンの花言葉は、
「君を忘れない」
神様は嘘つきじゃなかった。
【恋愛:少し待て。想いは通じる】
想いは通じた。だけど結ばれるとは書いてなかった。
秋の青空のような布施君の笑顔を思い出して、涙がぽろぽろこぼれた。
今夜、布施君に電話しよう。私はあふれてくる涙を何度も何度も拭った。
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家に帰ってから、エミはシオンの花をお気入りの花瓶にさした。
それから白い箱の底にメッセージカードが入っているのに気づいた。黒髪の女の子が水彩で描かれていた。まつ毛が長い女の子の横顔だった。左上に飾り字で『 Emi.S 』右下に小さく『 S.Fuse 』 のサインがあった。
裏には、
『髪は黒でまっすぐがいい。背の高い女の子はカッコよくて好き』
志郎らしいきっちりした楷書体の手書き文字で書かれていた。
エミはカードを胸に抱いて目を閉じた。
ありがとう。
私も忘れない。
必ず会いに行くからね。
熱い涙があふれて、ほほをつたって落ちた。
おわり。
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【登場人物】
私(みゆき)
相馬エミ(後半は『私』)
布施志郎
神崎マユ
白浜ユミ
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興味を持たれた方は調べてみてください。
モーリス・ユトリロ
佐伯祐三
藤田嗣治
ベゴニア
ハナミズキ
アザミ
シオン(紫苑)
なお「君を忘れない」の「君」とは、必ずしも恋人を指すとは限りません。
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布施志郎の父親の職業を当ててみてください。
ヒント1:全国規模で転勤が多い。
ヒント2:いつも白いハンカチを2枚携帯している。
ヒント3:宮城県から来て鳥取県に転勤になった。
他にもヒントになるシーンがあります。
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【サブタイトル】
(1) エミと志郎
(2) 黒猫
(3) 志郎の絵
(4) 友達
(5) エミの想い
(6) 絵筆
(7) 髪型
(8) おみくじ
(9) ハンカチ
(10) 白い箱
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特定のモデルはありません。まったく架空の話です。
夏休み中のエピソードを入れたかったのですが長くなるので割愛しました。
志郎が好きだったのは、みゆきなのかエミなのか、はっきりしませんが、中学1年なので自分でも気持ちがはっきりせず二股かけたわけではありません。
志郎は当初気さくなみゆきを好きになってしまったが、一途なエミの想いが通じた。そういうふうに解釈していただければ嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
神様は嘘つき(全10回) 黒っぽい猫 @udontao123
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