第5話 彼女の病気の正体と、迎えに来た人魚

 ルーリアが寝込んで3日。まだ彼女の体調は完全には戻っていなかった。熱も下がらず、俺はずっと看病をし続けている。薬があればすぐに良くなるのだろうけど、彼女が他の人魚に頼ろうとしないためにそれも出来ない。

 この不調が人間に感染する病気じゃないと言うのは、ずっと至近距離で濃厚接触しながらも全く体調が変わらない俺自身の体が証明していた。


「これって、人魚特有の病気?」

「そうかも」

「ずっと人間の体を維持しているだろ? 魚の姿に戻れば治るとか?」

「それはお風呂の時にやってたから、多分違う」


 俺の推理は彼女にあっさり否定された。ただ、人魚由来の何かが原因なのは間違いないだろう。俺は顎に手を乗せながら様々な可能性を考える。


「今までにこんな事はなかったんだよな?」

「こんなの初めてだよ。私も訳が分かんない」

「つまり、今までした事がない事をしたからこうなったと……」

「えっ?」


 確か、以前ルーリアが地上で生活をしていた期間は1ヶ月だった。今回は既に2ヶ月以上経過している。もし、この地上での生活期間が関係しているのだとしたら――。


「そもそも、人魚ってずっと地上で暮らしていても平気なのか?」

「子供の内は難しいみたい……。でも私はもう大人だから!」


 彼女はガバリと上半身を起こし、胸をそらして得意げにふんぞり返る。無理をしているのがバレバレなリアクションだ。そんなルーリアを見ていた俺の頭の中で、ひとつの仮説が組み上げられていった。

 子供の人魚はずっと陸地で暮らす事が出来ない。大人になればそれが出来る。人間で例えるなら、大人になって初めてお酒や煙草を嗜めるようになるようなものなのだろう。


「原因が分かったかも知れない。海に行こう!」

「はい?」


 いきなりの展開に理解の追いついていない彼女をお姫様抱っこして、俺はすぐに家を出る。向かう先はもちろん初めて彼女と出会ったあの浜辺だ。至近距離にあるとは言え、流石にずっとお姫様抱っこをして運ぶのは骨が折れる。うう、もっと鍛えていれば良かった。

 何度かの休憩を挟んで、ようやく目的地に辿り着く。思いついたのが夕食後だったのもあって、天空には無数の星々が祝福するかのように輝いていた。


「あの時みたいな星空だな」

「本当、まるで何も変わってないみたい」

「ルーリア?」


 俺の胸の中で星空を眺めていた彼女の体が淡く光り始める。この神秘現象に俺は言葉を失った。この視線に気付いた彼女はキョトンとした顔で首をひねる。


「何?」

「いや、体……光ってる」

「え? マジ?」


 言われて初めて気が付いたのか、ルーリアは自分の体をじっくり観察して目を丸くする。そうして、俺の顔をじいっと見つめてきた。


「降ろして。歩けるから」

「気分は良くなった?」

「何か不思議な気分。ちょっと言葉では説明出来ない」


 俺はリクエスト通りに彼女を降ろした。すると、そのまま砂浜を海に向かって駆け下りていく。俺もワンテンポ遅れて後をついていった。

 裸足で歩く彼女が波打ち際まで辿り着いた時、海の向こう側でも淡い光が近付いてくるのが見えた。夜じゃなかったら分からなかったくらいの弱い光だ。その海中の光に呼応するように、陸上のルーリアも呼吸をするように発光する。


「あの光……」

「見覚えがあるのか?」

「多分」


 俺はゴクリとつばを飲み込んで、海中からの光をじいっと観察する。やがてそれはザバリと姿を表した。ルーリアの光に呼応していた事で予想していた通り、その正体は人間の姿をした存在。そう、人の足を生やした人魚だ。発光しているため、真っ暗な夜中でもその姿はハッキリ視認出来る。

 人に見られる可能性を考慮していたのか、海面から顔を出したその人魚は水着を着た姿で俺達の前に現れていた。


「お嬢様、捜したんですよ!」

「キリィ?! 私、まだ帰らな……」


 ルーリアにキリィと呼ばれたその人魚はナイスバディの持ち主で、紫色のビキニがとても似合っていた。顔も含めたその体型は大人っぽく均整が取れていて、どんなグラビアアイドルも裸足で逃げ出すほどのレベル。

 そんな彼女に目を奪われていると、隣りにいたルーリアが倒れかかってきた。


「ごめ……まだちょっと無理みたい」

「ちょうどいいじゃないか。キリィ? さんに体を診ても……」

「お嬢様ーっ!」


 彼女を両手で支えたところで、キリィが高速で急接近して俺を突き飛ばす。そうして、弱っているルーリアを抱きかかえた。


「これは、早く海に」

「ダメ……私はもう罪人」

「あなたに罪はないです。禁区に入れるようにしていた管理者が悪いのですから」


 キリィはルーリアに罪がない事を伝えると、そのまま彼女を抱きかかえて海に入っていく。この流れるような展開に、ルーリアは体を動かして彼女の胸から飛び出した。


「お嬢様!」

「でも、ずっと家を開けたの。やっぱり帰れない」

「事情はもうみんな理解しています。みんなお嬢様の帰りを待っているんです」

「……」


 ルーリアは返す言葉を失い、棒立ちになってしまう。きっと今、様々な葛藤が彼女の心の中で渦巻いているのだろう。俺は起き上がって体についた砂を払うと、困惑しているルーリアの側まで歩いていった。


「今は戻った方がいい。君はまだ陸でずっと暮らすには早かったんだよ。家族も待ってくれているみたいだし、もう何も怯えなくていいんだ」

「ヨシトモ……」

「あの? あなたは?」


 キリィがようやく俺の存在を認めて話しかけてきた。そこで俺はルーリアと出会ってからの経緯を手短に説明する。すると、彼女はパンと手を叩いて満面の笑みを浮かべた。


「ヨシトモ様が今までお嬢様の面倒を見てくださっていたのですね! 有難うございます」

「な、成り行きですから。それであなたは?」

「あ、申し遅れました。私はキリィ・メルメイド。お嬢様、ルーリア・マルアマス様付きの侍女でございます」


 キリィの話によると、ルーリアがいなくなってすぐに捜索隊が組まれ、ずっと彼女を捜していたとの事。広い海の中を何日もかけて捜しても見つからず、陸地にも上がって捜索を続けたものの、今まで痕跡すら見つけられなかったのだとか。


「まさか陸上で安全に暮らしていたとは……それでは私達も見つけられない訳です」

「あの、彼女、急に体の具合が悪くなったんですけど」

「その症状は陸患いです。海に戻ればすぐに良くなります」


 キリィはルーリアの症状をひと目で見抜いていた。やはり、俺の予想は当たっていたらしい。俺はまだ戻りたがらない少女の人魚を抱きかかえると、キリィに優しく手渡した。


「ちょ、ヨシトモ?」

「君は帰らないといけない。ここにいても治らないって分かっただろ。キリィさん、ルーリアをよろしくお願いします」

「ヨシトモ様。有難うございます」

「ぜ、絶対に戻ってくるんだからね!」


 こうして、ルーリアは海の中に戻っていった。2つの淡い光が海中に沈み、やがてすうっとフェードアウトしていく。完全に見えなくなるまで見送ってから、俺も自分の家に戻ったのだった。



 それからしばらくして、俺は何とか新しい仕事先を見つける。少し前までの可愛い人魚との生活がまるで幻だったみたいに、慣れない仕事に忙殺される日々。

 食いっぱぐれない安心感は得たものの、それ以外はストレスやら何やらで心身をすり減らす日常が続いていく。


 気が付けば、その新しい仕事も3年目に突入していた。


「うう~疲れた……」

「お帰りなさい! ちゃんと仕事に就けたんだ。やるじゃん!」

「え?」


 家のドアの前で元気な声をかけてきたのは、すっかり大人びた姿になったルーリアだった。体つきもしっかり成長していて、俺はそのスタイルに目を奪われる。


「ふふん、どうよ?」

「また陸に上がってきて、大丈夫なのか?」

「もう陸患いは克服したし。それより、どうせ私がいなくてダメダメな生活してるんでしょ。私がフォローしてあげる。あ、安心して。両親とは話をつけてきたから!」

「えっ?」


 いきなりマシンガントークをかましてきたルーリアは、また俺の家で暮らすと言う。その強引さに俺は呆気なく押し切られてしまった。

 また彼女に尻に敷かれる生活が始まる。そう思うと、窮屈になるはずなのにワクワクしている自分がそこにいたのだった。



(おしまい)

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空から落ちてきた物語 人魚編 にゃべ♪ @nyabech2016

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