第4話 倒れるルーリア

 ルーリアと暮らすようになって一ヶ月が過ぎた。日常生活は彼女に甘えて、俺は就活を頑張っている。いくつかの会社の面接を受けたものの、まだ就職にまでは至っていない。うう……俺、やりたい事と実際に出来る仕事が合ってないのかな。

 就職が決まるまで、繋ぎで何かバイトを探した方がいいのかも知れない。


 ルーリアとはもう家族同然のような関係だ。よく出来た妹か、可愛い親戚の子みたいな感じで接している。それ以上の感情は持たないようにコントロールしていた。

 意識さえしなければ割りと大丈夫なんだよな。いくら彼女側から猛烈にアピールされたとしても。


「もっとお世話をさせてください」

「いや、十分世話になってるから。大体、どこでそう言う知識を」

「私、魅力ないですか? それとも人魚だから?」

「そうだよ」


 これ以上深入りさせないように、俺は敢えて冷たく言い放つ。この一言でルーリアも大人しくなった。静かになりすぎて不安になるくらいに。


「ごめ、言い過ぎた。でも本当に感謝してるから」

「それは……分かってます。私こそ迷惑でしたよね」

「いや、迷惑とかじゃ」


 俺が焦っていると、彼女はじいっと顔を見つめてくる。あまりにも近付いてきたので反射的に顔をそらすと、そこで何かを感じ取ったのか不穏な笑みを浮かべられた。


「分かりました。じゃあこれからもお世話になります」

「うん。よろしく……ね」


 こうして美少女人魚に尻に敷かれ、俺は完全にコントロールされる。朝の起床から夜の就寝まで、ルーリアの考えたスケジュール通りの行動。ただ、しっかり考えられたその時間割は俺のパフォーマンスを最大限に生かせるように組まれていて、全く不満を抱くような事はなかった。


「いつも有難う。優秀なマネージャーさん」

「その調子で早く仕事を見つけてきてくださいね」

「仰せのままに……お姫様」


 パフォーマンスを最大限に生かせるような生活をしていても、それだけでいい仕事に出会えると言うものでもない。現状は何も変わらないまま、更に1ヶ月が過ぎていく。


「ごめん、またダメだった……」

「落ちたものは仕方ないっしょ。前を向いて前」

「あはは」

「ヨシトモのいいところはさ、その優し……」


 彼女はいつものように褒めてくれる。美少女からの励ましほど心を癒やしてくれるものはない。ただ、今日はその途中で言葉を詰まらせていた。違和感を覚えた俺は、思わずルーリアの顔を見る。


「大丈夫?」

「え?」


 その自覚のなさそうなほわっとした返事を返した次の瞬間、彼女は倒れた。俺は慌ててお姫様抱っこをして部屋に運ぶ。布団に寝かせておでこを触った。普通に高熱を発している。37℃以上は確実だろう。

 とは言え、人魚の平熱を知らないからこれが普通なのかどうかは分からない。


「ごめん……こんなはずじゃ」

「いやそこは謝るところじゃないよ。いつから調子が悪かったんだ?」

「さっきまで何ともなくて……急に……」


 ルーリアは最後まで言い切る前にまぶたを閉じる。よく見ると頬が赤く染まっていて、息も荒くなっていた。典型的な高熱の症状だ。ただの風邪なのか、それとも未知の症状なのか。人魚特有の病気なのか、人に感染するものなのか……何もかもが全く分からない。

 パニックになった俺は取り敢えず風邪の時の対処方法を実行した。氷枕的なものを枕の上に敷いて、額に濡れタオルを乗せる。


「ど、どうかな?」

「……」


 彼女からの返事はなかったものの、少しは苦痛も和らいだようで表情から険しさは消えていた。風邪の場合は風邪薬が効果があるのだろうけど、今回の場合は風邪かどうかは分からないし、そもそも人の薬が人魚にも効果があるかどうかも分からない。


「人間の薬は飲ませない方がいいだろうな。お医者さんに診てもらう訳にも……」


 急に病気になった彼女を治す術を俺は持たない。地上に住んでいる人魚もいるそうだから、どうにか連絡が取れれば解決策も見つかるかも知れないけれど――。


「どこの誰が人魚かなんて分からないし……ルーリアなら誰か知ってるのかな。彼女の言う先生なら……」


 俺はすやすやと寝息を立てるルーリアを見守りながら、意識が戻るのを待った。たまにタオルを絞り直したり、氷枕的なやつを交換する。定期的に額を触るものの、熱が下る気配は感じられなかった。


「一体どうしたらいいんだ……」


 自分の事をそっちのけで看病をしていた俺は、そのまま寝落ちしてしまう。数時間後に目を覚ますと、彼女は目を覚まして上半身を起こしていた。


「あ……少しは楽になった?」

「看病……有難う。ちょっとトイレ行くね」


 動けるくらいには回復したのを見届けて、俺は台所に立つ。風邪の時の定番メニューのお粥を作ろうと思ったのだ。土鍋にご飯と梅干しを入れて煮込むとシンプルなお粥が完成する。

 出来上がったものをお盆に乗せて彼女の前へ。


「お粥作ったんだけど、食べられそう?」

「あ、うん」


 ルーリアはお粥を口に運ぶ。味に自信はなかったものの、彼女はゆっくりと食べてくれた。しっかりと完食して、俺に笑顔を向ける。


「ごちそうさまでした」

「こっちの世界の人魚に心当たりある? 誰か同族の人に診てもらった方が……」

「ちょっと休んだら治るから。大丈夫」


 ルーリアは俺の申し出をやんわりと断った。本当にすぐ治ると思っているのか、ただの強がりなのか。それとも、他の人魚に事情を知られるのを恐れているのか……。彼女が協力してくれない以上、俺は経過を見守るしかない。


 そうして、何も有効な治療も出来ないまま時間だけが過ぎていく。その間にルーリアの症状が快方に向かう事はなかったのだった。

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