後編 手紙の真実
来菜は人さし指を、すっと前方に出す。
「――君だよ。波川夕樹くん」
少しの静寂に、美しい雨の音が響き渡る。
やがて夕樹は、にっと口角を上げた。
「……へえ、どうしてそう思ったの?」
来菜は手を下ろして、再び腕を組んだ。
「見覚えがある筆跡だなあと思ったから、記憶を辿っていたの。それで、思い出した。私が休んだときに、夕樹くんが貸してくれたノート。そのときに見た君の字に、そっくりなんだよ」
夕樹は頷いてから、笑った。
「でもさ、俺は昨日、有間より早く下校してる。そして今日、有間より遅く登校した。そうすると、その手紙を入れておくタイミングなんてなくない?」
「そう思ってた。でもね、それこそが落とし穴だったんだよ」
来菜はこくりと頷いて、笑顔になる。
「夕樹くん、今日、私より早く学校に来たでしょ? 確かに上履きはあったけど、よく考えたらおかしなところがあった。夕樹くんは入り口から来たとき、傘を持っていなかったよね。君は濡れてないのに、だよ?」
夕樹は来菜の推理を、相槌を打ちながら聞いている。
「しかも私が来たとき、一つだけ濡れているビニール傘が傘立てにあったの。少し不思議に思っただけで、深く考えなかったけれど……多分あれは、夕樹くんが使った傘だったんでしょ?」
その問いかけに、夕樹はゆっくりと頷いた。
「つまり、こう。夕樹くんは今日、クラスで一番乗りに学校に来た。それから私へのラブレターを置いて、少し遠くに隠れてた。そうして、私が登校したのを見計らって、あたかも今来たかのように振るまった。どう、合ってる?」
可愛らしく首を傾げてみせた来菜に、夕樹は小さく拍手をする。
「……すげー、全部当たり。そうだよ、お前にラブレター書いたのは俺だよ」
「やった、当たった! 私、探偵の才能あるかもしれないなあ」
楽しげに微笑んでから、来菜は少し恥ずかしそうな表情に移ろって、俯いた。
「ええと、つまり夕樹くんは、私のことが好き、ってこと……?」
その問いに、夕樹はわしゃわしゃと自身の髪を掻いてから、目を逸らした。
「……うん、そうだけど。俺、有間のことが好き」
「ええ、いつから、いつから?」
「え、いきなりそういうこと聞くの?」
「うん、だって気になるもん……! 教えてほしいなあ」
目を輝かせている来菜に、夕樹は照れくさそうに話し始める。
「去年もさ、同じクラスだったじゃん。それで話してるうちに、好きだなーって思い始めた……みたいな。そんな感じ。時期的には秋とか?」
「え、何というか、具体的なイベントとかはないの? この出来事で恋に落ちました、みたいなやつ」
「いやないけど! お前は漫画の読みすぎなんだよ、恋愛に何でも明確なきっかけがあると思ったら大間違いだからな」
「なっ、何をう!」
二人は暫しの間、見つめ合う。それからどちらからともなく、笑い出す。
「私も、夕樹くんのことが好き」
その言葉に、夕樹は目を見張った。
「好きだよ」
来菜はまた、そう告げた。
夕樹は何度か瞬きをしてから、口を開く。
「え、ほんとに……?」
「うん、ほんとにほんとだよ」
「まじか……」
「夕樹くん、気付いてなかったの?」
首を傾げる来菜に、夕樹はばつが悪そうに目を逸らした。
「いやだって、気付いてたらちゃんと告白するだろ。絶対俺のこと友達としか見てないと思ってた……だからめっちゃ日和って匿名ラブレターにしたんだよ……」
「ふふ、さっきも言ったでしょ? すぐ決め付けちゃうのは、夕樹くんの悪い癖だって」
「確かに言われたわ……」
二人はまた、笑い合う。
「ありがとう、夕樹くん。私、ラブレターとか貰ったことなかったから、すごく嬉しかった」
「どういたしまして。……それじゃ、そろそろ行くか」
二人はようやく、歩き出す。
来菜は壁にかけられた時計を見る。登校したときから、あまり時間は経過していなかった。この短い時間の中で、夕樹との関係性が変わったことが、少し不思議だった。それと同時に、とても嬉しくもあった。
そっと、二人の手が触れる。
どちらからともなく、来菜と夕樹は手を繋ぐ。
二人は微笑みを交わし合って、自分たちの教室へと向かう。
――『梅雨の二人とラブレター』fin.
梅雨の二人とラブレター 汐海有真(白木犀) @tea_olive
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