エピローグ:Legend of the Holy Forest

最終話 KISEKI・IHME

 あの日から一週間。


 12月24日の夜。王立劇場のステージにクッカはスポットライトを浴びながら立っていた。


「こうして森の女王は百年の疲れをとるかのように長い眠りにつきました。その後、メッツアは美味しい食事を楽しめる観光地として、再び都へと返り咲いたのでした」


 クッカの礼と同時に、盛大な歓声と拍手が舞台上に送られる。


 直前になって書き換えられた戯曲『森の女王』のラスト。


 それは革命を終えたメッツァの街に相応しいものとなっていた。


 舞台上が明るくなり、正装をしたヴィルが下手に姿を表す。司会を務める彼は、クッカに向かって『森の女王』の感想を述べた。


「メッツア劇団の皆様、素晴らしい舞台をありがとうございました。皆様もご存知の通り、メッツァはこの物語のように、新しく生まれ変わります」


 ヴィルはそうクッカとアイコンタクトを取ると、下手の袖からヴァローを引っ張り出してきた。


 慣れないタキシードに身を包むヴァローの動きはどこかぎこちなく、緊張もしているようだった。首や額に噴き出ている汗も、舞台上の人間は気づいていた。

 しかし緊張はクッカもしているのだろう。


 革命によりラーハが王座から引き摺り下ろされたことは、国民の誰もが知っているだろうが、クッカがヴァローと結婚することは公表されていない。それをこれからサプライズ発表するのだ。


 ヴィルはヴァローの背中を押して舞台の中央に立たせると、国民へ彼の紹介をした。


「彼の名前はヴァロー・ウッズ。知っている方も多いでしょう。この革命の立役者。優しい心と勇気を持つ青年です。そして、クッカ王女の婚約者です」


 ヴィルの発表に会場が響めく。しかし、次第にそれは歓声、祝福と言葉へと変わっていき、会場は再び拍手に包まれた。


 拍手が収まると、ヴァローは深い礼と共に口を開いた。


「皆さん、こんばんは。ヴァロー・ウッズです。今、皆さんからお祝いの言葉を頂きましたが、きっと中には、こう思っている方もいるでしょう。ぽっと出の平民が何を言っているんだ。お前に王の仕事が務まるのか。まあでも、ラーハ元国王よりマシなのかな。などなど。でも、私は皆様に約束します。この物語のように、必ずメッツアを最高の街にしてみせます!」


 そう強く言い切ったヴァローにまた拍手と声援が送られる。劇場に集まった大衆の中には、彼の父・スタヤの姿もあった。成長した息子の姿に、髭を濡らしながら泣く。彼の狩人仲間や商人仲間は、そのようなスタヤの姿を笑いながら彼と肩を組んで喜んでいた。


 袖に戻ったヴァローは緊張から解放され、膝から床に崩れ落ちた。


「大勢の前で話すの、しんどい」

「お疲れ様」


 と、クッカも苦笑いをしながら、彼の背中を撫でた。その様子を見ていたカマリが、


「何言ってるの。これから結婚式に戴冠式、ヴィヒレアの国葬、祝賀会に、それから……」


 と、これからの仕事を羅列すると、みるみる内にヴァローの顔が青ざめていく。


「お姉ちゃんやめたげて。ヴァロー君のキャパがもう限界」

「すぐに法律変えて、選挙制にして、退任しちゃ駄目かな」

「少なくとも結婚式と戴冠式は終えなきゃ駄目ね。制度を変えるにしても手順は踏まなきゃ」

「そんなあ……」

「もうしっかりしてよ。逞しいヴァローはどこへ行ったの」


 と、液体のように床に溶けていくヴァローに、クッカも喝を入れた。すると彼は「あ、そうだ」と何かを思い出したように、上体を起こす。


「退任前にもう一つやることがあるね」





 結婚式と戴冠式を終え、年が明ける。そして選挙制の導入と同時に階級制度の廃止の法案の会議が進んでいたある日のことだった。


 議会に一人の兵士が駆け込んでくる。


「ラーハ元国王が見つかりました!」


 あの日から行方不明だったラーハ。ヴァローはクリスマスフェスティバルの後、すぐに捜索隊を結成し、彼を探させていた。逃すつもりはなかった。自分の目で変わりゆくメッツァを見てほしいと思っていたのだ。


 森の奥地で保護されたラーハは痩せ細っていた。森の草木や川の水で生きながらえていたそうだが、いくら森の都・メッツァといえど冬の森。食べ物はそう多くない。当然の姿だった。むしろ凍傷にもならず生きていたことが奇跡だ。執念だろうか。


 ラーハは城へ戻ることを嫌がっていた。自分の居場所のなくなった街へ帰ることは彼のプライドが許さなかったのだ。


 ヴァローは郊外に簡素な一軒家を建てると、彼をそこで生活させた。マーも自らそこで暮らすと言い、二人暮らしが始まった。


 やがて新たな法案が通り、ヴァローは退任。議会は解散。


 国の新たなリーダーである大統領への立候補から始まり、投票を経て、無事にヴァローがメッツァ初の大統領へ就任したのが3月のことだ。


 城は王族の住居ではなく、政治の場となったので、ヴァローらは街中に一軒家を建てクッカと共に暮らし始めた。


 そしてヴァローの努力によりセウラーバとの国交も回復。それが夏の出来事。


 季節は巡り、再び冬。クリスマスフェスティバルの直前だ。マーが亡くなった。医者曰く寿命だそうだ。思い残すことはないと言うような安らかな寝顔だった。


 それと同時期にクッカのお腹の中に新たな命が宿っていることがわかった。


 そして更に新たな年を迎え、メッツァは更に発展する。


 森の都・メッツァは観光地として栄えていき、その夏にヴァローとクッカの娘が生まれた。


 二人は今までの出会いと奇跡に感謝を込め、イヒメと名付けた。

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御伽の森の女王 Legend of the Holy Forest 雨瀬くらげ @SnowrainWorld

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