第2話「不意打ちのファイアーボール」-2

 事の発端は、今から二日前。 

 街中にある、特に何の変哲もない三階建てのビル。

 そこの二階こそが、僕たちの事務所である。


「それで? 貴女の依頼は『娘をなんとかしてほしい』――とのことですが」

 事務所の応接室で長椅子に座り、机越しに依頼人の女性と向かい合いながら、事務所の所長である東雲彩芽しののめあやめが依頼について触れていた。

「失礼ながら、随分と漠然とされた依頼ですね」

 机の上に置かれたカップを手に取り、そのまま口へと運ぶ。

 ちなみにだが、僕は椅子の後ろで内容を聞いている。

 別に意地悪で座らせてもらえなかったからではなく、椅子に座って話を聞くのは所長の特権だという彩芽の独断である。――訂正しよう、やはり彼女の意地悪かもしれない。


 依頼人の女性は、少しオドオドとした表情で口を開いた。

「ええ、おかしい依頼なのは分かっています。ですが、このように表現するしかないんです。私に分かるのは、娘がおかしくなったと言うことだけ。親として不甲斐ないのですが、それしか分からないのです」

 今にも泣き出しそうな表情を堪えているのがよく分かるほどに、女性は唇を震わせていた。

「では、貴女の分かることをもう少し事細かに教えてもらえますか? 大塚おおつか麻那まなさん」


 大塚麻那――今回の依頼者である。

 夫婦揃って共働きで仕事をしており、彼女は近所のスーパーマーケットでパートをしているらしい。夫の方も企業の会社員として従事しているとのことで、夫婦仲はそれほど悪くないようだ。

 そして、彼女には娘と息子――子供が二人いる。


「最近、娘の様子がおかしいんです。夕方に家を出ることが多くなって。この前も、午後八時過ぎに、娘がいきなり出かけると言って飛び出してしまって」

「娘さんの年齢は、確か十七歳と伺っていますが――年頃の女性としては、普通のような気がしますが」

 確かに。彩芽の言うことは一理ある。十七歳であるならば、あまり動きを制限されず、夜に出歩いていることも特別におかしな話ではない。とはいえ、夜に飛び出すように出かけるというのは、少し危ない気もするけれど。


「いいえ。あの子の場合、それがおかしいんです」

彩芽の発言は、大塚さんによってバッサリと否定されてしまった。

「あの子は私に似て、かなり内向的な性格なんです。あまり派手なこともしたがらないし、家にいることの方が多いです。だから、何も言わずに夜に急に飛び出すなんてこと普通なら絶対にしません」

「――逆に言えば、娘さんに何か大変なことが起こった可能性がある、そう言いたいのですね?」

コクリと、大塚さんが頷いた。


「ゆえに、『娘さんをなんとかしてほしい』――ですか。ではまずは、娘さんが何処に向かっているのか探る必要がありますね」

そう言って、彩芽が右手を挙げる。人差し指だけを伸ばし、クイクイと玄関の方へ腕を動かす。僕に調査に行けという合図だ。


「随分簡単に引き受けるんだね。普通、もう少し話を聞かない?」

大塚さんに聞こえないように小さな声で彩芽に尋ねる。すると、彩芽はクスリと笑いながら僕に言った。


「私にも、手のかかる子供が何人もいるからな」

親の気持ちは分かるんだよ、とは一体――誰のことなのだろうか。

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高宮睦月の快傑騒動 簾舞茨人 @b-misumai

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