仮面かぶりの王子様

 古びた扉の前に立ち、僕は少し早くなった鼓動を落ち着ける。


 一息ついて、カラカラと見た目より軽い扉を開ける。


 広がった視界の先、少し奥の受付に座っている女の子と目が合い、軽く会釈。


 彼女はいつものようにチョコンと頭を下げた。


 受付に座っている間だけ新出さんは仕事をしている実感が湧くのか、少し大人ぶっている。


 普段じゃ浮かべないだろう微笑をたたえ、背筋を伸ばしているのだ。


 ただ、その姿が逆に小さい子が背伸びしているように感じて微笑ましく思える。


「本の返却をお願いします」


 僕は借りていた本を机の上にそっと置く。


「……」


 しかし、新出さんは僕を見たまま固まっている。何かに驚いているのか、目を大きく見開いている。


「あの、返却を…」

「あっ、失礼しました!」


 我を取り戻した新出さんは慌てて本を胸元まで抱き寄せ、深々と頭を下げた。


 さっきまでの余裕が台無しだ。笑ってしまいそうになって、ようやく自分が髪を切ってきたことを思い出した。


 そんなに驚かせるような髪型をしているのだろうか。


「えっと、髪、変ですか…?」

「いやっ、そんなっ…!」


 頭を凄い勢いで持ち上げた新出さんは小刻みに首を振って否定する。


「…えと、お似合い、ですよ?」


 そう言って新出さんは首を傾げながらはにかむ。


 その柔らかい表情と仕草に一瞬で全身から力が抜ける。


「よかった」


 ホッと胸を撫でおろす。クラスメイトや先生に髪型のことを褒められるたびに、胸の中にモヤモヤしたものを感じていた。だけど新出さんの一言でようやく髪を切って良かったと思えた。


 それはきっと彼女の言葉に嘘が無いからだろう。


 僕は自己紹介もしていないのに、新出さんのことを学校内の誰よりも信頼していた。


 そうやって新出さんのことを考えていると、初めて新出さんを意識した棚へと自然と足が伸びていた。


 棚から落ちる彼女と本は未だに目に焼き付いている。


 そして腕の中にすっぽりと納まった小さな熱量と柔らかさも。


 中学校に入学してから忙しない日々を過ごしているけど、この第二図書室はまるで別の世界のように穏やかな時間が流れている気がする。


 大好きな本と小さな管理人が近くにいてくれるこの部屋は僕が唯一ありのままでいられる空間だ。


 僕はその時に借りた本を手に取り、貸出カードを取り出す。


 そこには玉城百介と新出玲奈の名前が上下に並んでいた。


 彼女は僕が返した本をよくそのまま借りている。


 きっと本を選ぶ暇が無いからだと思うけど、彼女も同じ本を読んでいることが嬉しくて本を選ぶときに彼女はこの本で喜んでくれるだろうかと考えてしまうようになった。


 ガンッ


 ふと、棚の端の方で鈍い音がした。また彼女が落ちたのかと不安になってそちらに行くが、そこに倒れた新出さんはいなかった。


 代わりに、床にキラリと光るものが落ちていた。


 拾い上げてみると、それは綺麗なガラスの靴のストラップがついた鍵だと気づく。


 あぁ、この第二図書室の鍵だ。


 この錆びた感じは毎日開いている扉の取っ手に見覚えがある。


 そうなると、このガラスの靴のストラップは彼女が付けたのだろう。


 だって、彼女の名前が新出玲奈だから。


 僕が初めて彼女のフルネームを口にした時に思った、シンデレラに響きが似ているなという感想はどうやら本人も意識していたみたいだ。


 そのいじらしさにまた胸にあたたかい感覚が広がって、力が抜けてしまう。


 どうにも、新出さんの考えていることは分かりやす過ぎる。毎回僕の胸をくすぐってくるのだ。


 クルリと鍵を指で回すと、妙案が浮かび上がってきた。


 これはチャンスかもしれない。


 この鍵を使えば、僕の名前を知ってもらえるかも。


 ふと敬愛すべき姉の格言が脳裏に過る。「チャンスは拾うものじゃないわ!拾ったものをチャンスに変えるのよ!」


 まさしく、拾った鍵をチャンスに変えるときではないか。


 僕は必死に頭を巡らせる。


 どうすれば、彼女の口から玉城君と呼んでもらえるか。あわよくば、百介君と。


 いや、もも君と呼んでもらうのだ。


 僕は中学入学と共に仮面をつけ始めた。誰にでも胸を張れるように。


 もう昔の弱いだけの自分では無い、今の僕ならきっと出来る。


 少しくらいキザになってもいいじゃないか。


 だって、相手はシンデレラなんだから。

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第二図書室のシンデレラ 庭月穂稀 @Niwa_hotoke

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