あなたとの出会い
私の恋がはじまったきっかけは、些細な出来事だった。
園芸部の私は朝、花壇の水やり当番がある。
少し早く登校することになるけれど、朝露の中で咲く花を見るのは朝から心が明るくなるし、いい一日のはじまりを感じられるから、ちっとも苦でないどころか楽しいことだ。
その日も例によって当番だった。
朝に活動があるのは園芸部だけではない。運動部が朝練をしているのをよく見る。
ストレートの黒髪を綺麗に整えて、優しいたれ気味の目元をした弦巻先輩もグラウンドを走っていた。サッカー部が集団になってランニングする一番前で、気合の入ったかけ声を出しながら走る。
朝から頑張っててすごいなぁ。
感心したけれど、私には私の活動がある。じょうろで水を花の根元にかけていく。つやつやした葉っぱに水がかかると、朝日がきらっと反射して、まるで喜んでいるように見えるのだ。
花壇はたくさんあるから、少しずつ移動しながら水をやっていった。
集中していたけれど、不意にうしろから声をかけられた。
「ああ、良かった! 園芸部のひとだよね?」
どきっとした。
男子の声だったからだ。
私は人見知りのせいで、男子と話すのにも慣れていない。緊張してしまいつつ、振り返って……度肝を抜かれた。
そこに立っていたのは弦巻先輩だったのだから。
練習が今、終わったのだという様子だった。サッカー部のジャージ姿だ。
どうしていきなり声をかけられたんだろう。
「は、はい……」
私はどきどきしながら返事をした。
ひとことしか言えなかったのに、弦巻先輩はほっとしたような表情になる。
「いきなりごめん。実は昨日さ、あっちの木を傷めちゃったんだよ」
そう聞いて私は目を丸くしてしまった。
「木……ですか?」
弦巻先輩が指差したのは、グラウンドの端っこだった。
花壇ではないから、園芸部がお世話をするところではなく、樹木の手入れをする業者さんが担当のところだ。
「ああ。うちの部員がボールをぶつけちゃってね。枝が折れそうになっちゃったんだ」
「えっ!」
すまなさそうに言った弦巻先輩。私はもっと目を丸くしてしまった。
枝が折れそうになったなんて、植物にとっては怪我をしたようなものだ。
私が事情を理解したとわかったようで、弦巻先輩は続きを口に出した。
「それで……あそこは園芸部の受け持ちじゃないかもしれないけど、良かったら様子を見てくれないかな?」
どきっとした。あの弦巻先輩が私に頼み事なんて。
でも木が傷ついたと聞いては、ためらっていられない。園芸部としても、植物を愛する者としても。
「は、はい……。私で良かったら……」
緊張はまだ残っていて声は濁ってしまったけれど答えた。弦巻先輩は、ぱっと顔を明るくした。
「良かった! ありがとう!」
その笑顔を見て、私は違う意味でどきっとしてしまった。
なんて素敵な顔で笑うんだろう。
ほっとした、という表情だったけれど、それ以上に嬉しそうだった。
きっとサッカー部が木を傷めてしまったことに罪悪感があったのだろう。
でも、黙っていたら誰にもわからなかったことだ。だからしれっと見なかったことにしてしまうひとだっているかもしれない。
なのにわざわざ「なんとかしたい」と思ったのだ。
そして縁もないだろう園芸部に話しかけてくれた……。
優しいひとなんだな。
弦巻先輩が「こっち」と案内するのについていって、木の様子を見ている間、私はそのことに感じ入っていた。
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