ニラカナのリレー小説企画 3話

矢庭竜

第3話

「おいおい、ただのミルクがそんなにうまいか。王都から来たばかりで田舎を知らないんだろうが、ちょっと変な奴だな」

 ロレンソと名乗った牛飼いの男は、搾りたてのミルクをひと息にあおったパッキャオに苦笑した。パッキャオはがっつきすぎたことを知って、少し顔を赤らめた。

 なにしろ、生まれ育った場所が場所だ。学もなければ、町の子供が当たり前にするような経験にも乏しい。何もかもが新鮮で、つい興奮してしまうのだ。

「そうか、スラムで苦労して……大変だったなあ」

 ロレンソはパッキャオの境遇を聞いて大層同情してくれた。

 パッキャオ自身は、自分の境遇がそれほど人の胸を打つものだとは思っていなかった。腹を減らすのも、金を盗まれるのも、幼い頃からの日常だ。しかしロレンソの大袈裟な言い方に、自分はつらい環境にいたのかと、初めて思った。パッキャオの両目から、いつの間にかパラパラと涙がこぼれていた。

「そんなら、どうだ兄ちゃん。うちで働かないか」

 ますます同情したロレンソは、これからの食い扶持を稼ぐために、仕事をくれようと言い出した。

 しかしパッキャオは、それを断った。

「おれは、もっと広い世の中を見てみたいんだ。だから、旅に出る」

 ロレンソは変な顔をした。ふんわりした理由で安定した生活を蹴る、甘い奴だと思ったかもしれない。

 そのときだ。

「ロレンソさん、お客さんですかい」

 牛小屋からしわがれた声が聞こえた。現れた老人は、手に穀物の袋を抱えているので、牛に餌をやっていたのだろう。老人とは言え、農園で働けるほどかくしゃくとしていて、ロレンソよりさらに体格がいい。パッキャオはスラムで有名な喧嘩屋を思い出し、身震いした。

「ああ、ペレス。そうだよ、王都から出て来たばかりだそうだ」

 しかもこのペレスという老人、目が片方しかないのである。

 ペレスはぎょろりとした隻眼で、怯えて縮み上がるパッキャオをじろじろ見ると、「名前は」と短く問うた。

「え、え、え、エイリンゲール・ドゥマニティア・パッキャオ」

「ほう!」

 老人のその叫びを、パッキャオは威嚇だと思った。

「パッキャオとな! そいつは、わしが昔仕えていた、大金持ちの魔法使いと同じ名だぞ。おまえさん、その息子じゃあるまいか?」

「ええっ」

 パッキャオは目を剥いた。

 自分に父親が? それも、大金持ちの魔法使いだって?

 父親がいるなら会ってみたい。でも、魔法使いは怖い。パッキャオは自分がどうすべきか、考え込んだ。

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ニラカナのリレー小説企画 3話 矢庭竜 @cardincauldron

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