先輩から借りた傘

 

先輩から借りた傘

 これは、私が実際に体験した出来事です。


 私が高校1年生の時の6月。その日は激しい雨が降っていました。しかし、私は傘を持ってきていませんでした。帰りのバスの時間は、5時ちょうど。次のバスは2時間後なので、絶対にこのバスを見逃すわけにはいきません。だから、私は激しい雨にも関わらず、バス停に向かって走っていました。校門から出ると、そこにはビニール傘をさし、学ランを着た男子が立っていました。彼は私を見ると、こう声をかけました。


「君、びしょ濡れだけど大丈夫?僕の傘借りる?」


「大丈夫です」


「風邪ひくからさ。いいよ、貸してあげる。僕は友達のに入るから」


 彼はそう言うと、私に押し付けるようにして傘を渡しました。そして、学校へと走って行きました。私はその背中に向かってこう叫びました。


「ありがとうございます。あの名前教えてください。私、明日この傘返しに行くので」


「3年3組の古谷憂太。傘は別に返さなくて大丈夫だよ」




 次の日、私は先輩の言葉を無視して、傘を返しに3年3組の教室に行きました。そして、緊張しながらも、意を決してドアを開けました。


「1年2組の花城姫香です。昨日、古谷憂太先輩に傘を借り、返しに来ました。あの……古谷先輩はいますか?」


 昼休みの教室はとても騒がしく、私の声は誰も聞いていないようでした。しかし、ドアの近くの席で突っ伏していた女子の先輩だけは、私の話を聞いていたらしく、ゆっくりと起き上がりました。そして、私に向かってこう言いました。


「古谷……憂太?うちのクラスには、そんな名前の男子いないけど」


 私は顔を赤くしながら、その先輩に謝りました。


「すみません。私の勘違いだったみたいです」


 そう言い、教室を後にしようとすると、男子の先輩が私に声をかけてきました。


「古谷先輩って古谷憂太先輩のこと?古谷先輩なら去年、交通事故で亡くなったよ」


「えっ?」


「君、冷やかしでここに来たわけじゃないよね?」


「違います。それに、私がここに入学したのは今年なので……」


「そうだよねぇ。2年生ならまだしも今年入学した1年生が知ってるわけないか。ねぇ、1つ質問なんだけど、古谷先輩ってどんな顔だった?」 


「黒縁のメガネをかけていて、口の左下にホクロがありました」


「すごい。合ってる。それ絶対に古谷先輩だよ」


「でも、亡くなっているんだったら、この傘は一体どうすれば……」


「古谷先輩はなんて言ってたの?」


「別に返さなくていいと言っていました。でも、名前を聞いたらクラスと名前を教えてくれたので返しに来いってことなのかなぁと思って」


「じゃあ、返さなくていいんじゃない?古谷先輩やさしいから、きっと雨で濡れてる君を放っておけなかったんだよ」


「……あ、そういえば、昨日は古谷先輩の命日だ」


 男子の先輩が思い出したかのように、ぼそりとそう呟きました。




 古谷先輩から借りた傘は、引っ越す際になくしてしまい、今となってはあの出来事を裏付ける証拠はどこにもありません。

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先輩から借りた傘   @hanashiro_himeka

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