心霊探偵同好会~呪いの手紙~

双瀬桔梗

呪いの手紙

 窓から差し込む夕日だけを頼りに、不気味な旧校舎の廊下を、白いセーラー服姿の女子生徒が一人、歩いている。彼女は『心霊探偵同好会』と書かれた紙が貼られている教室の前に立つと、扉を二回ノックしてから開いた。


 女子生徒は視線を下に向けてその場に屈み、スカートのポケットから二枚の紙を取り出し、教室の出入口付近の床に開いた状態で並べる。その上に、カバンから取り出した缶ジュースを二つ、重しにするように置く。それからゆっくり扉を閉めると一礼し、その場を後にした。






『はじめまして! 一年A組のあかさとヨウコです!

 どうか助けてほしいっス! 実は自分の元に、呪いの手紙が届いたんス……。手紙の謎は解けそうにないし、何より怖いっス!

 心霊探偵同好会の皆さん、どうか自分のコトを助けてください!』



「――だってさ。どうする、ひいらぎ?」

「どうするも何も……どうせ引き受けるンだろ」

 とおかる学園、旧校舎の四階にある教室内で、二人の少年が何やら話をしている。


 一人は、ワイシャツの上に赤いパーカーを羽織った茶髪の少年、。彼は、扉近くの床に置かれた手紙をしゃがみ込んで読み上げてから、隣にいる少年を見上げた。


 怜斗伊の問いかけに、襟足の長い黒髪のもう一人少年、ひいらぎゆうは左耳にしているピアスに触れながら、気だるげな声で言葉を返す。


「当たり前だろ! 腕が鳴るぜぇ!」

「……あんま張り切りすぎるなよ」

 久々の依頼に燃えている怜斗伊を、悠は呆れ気味に見つめる。


 彼らは現在、使用を禁止されているはずのの一室を拠点にし、時々、舞い込んでくるさまざまな依頼を引き受けている。ところが、悠は今回心底、面倒くさそうだ。


「呪いの手紙なんざ幽霊以上に有り得ないだろ」

 もう一枚の紙……“呪いの手紙”に視線を向ける怜斗伊を見下ろしながら、悠はポロリと本音をこぼす。

 でも、彼は幽霊を信じておらず、不可思議な現象には全てトリックがあると思っているのだ。


「あり得ないって……ま、今回に関しては、呪いの手紙ではないだろうけどさ」

「宇津木も流石に気づいてたか」

「おう。これってどう見ても暗号文、だよな?」

「あぁ、しかもかなり簡単なやつだ」


『こかんここぱこにゅら。

 ろここーだこんここせ。

 ここはこっここかここ。


 上記の謎を解かなけば、貴方は呪われます』


 “呪いの手紙”にはグラグラの字で書かれたこんな文面と、三角形がくっついた謎の生命体の絵が描かれている。


「“こ”が多いから、この絵は“こ取り”小鳥だな」

「おう。ただ、“こ”を取ったところで、また意味の分からない言葉が出てくるだけなんだよなぁ……かんぱにゅら、ろーだんせ、ハッカ……?」

 ハッカ以外をふにゃふにゃ読む怜斗伊を、悠はジト目で見ている。


「全部、花の名前だ」

「ハッカって花だったのか!?」

「逆になんだと思ってたんだよ……」

「えーと……アメだろ? あの白いやつ!」

 怜斗伊の答えに、悠は呆れ気味にため息をつく。


「はぁー……もういい。そんな事より、これからどうすンだ? まぁこの内容からして、恐らくイタズラだろうが……」

「うーむ……ま、とりあえず、赤里さんにこれは呪いの手紙ではないって、伝えに行こうぜ」

 そう言いながら怜斗伊は廊下に出る。

「めんどっ……」

 悠はダルそうにしつつも、何だかんだで怜斗伊についていく。


「ん~? なぁ柊、をガン見してる子がいんだけど……あれ誰だ?」

 ふと廊下の窓から外を見た怜斗伊は、じっと旧校舎を見上げている銀髪の少年が目に入り、ちょいちょいと悠を手招きする。


「……あさしょう。確か、赤里ヨウコ依頼人と同じクラスの生徒だ」

 悠は学園内の生徒と教師全員の顔と名前、そして大まかな性格や人間関係をある程度、把握している。“柊なら知ってて当たり前”とでも思っているのか、怜斗伊がこんな風に度々、生徒の情報を求めてくるからだ。


「ふ~ん……他には?」

「あ゛?」

「だ~か~ら~、他に浅葱くんの情報はないのかって聞いてんだよ」


赤里ヨウコ依頼人と同じクラスの生徒』


 そのワードに興味を持った怜斗伊は、もっと情報をくれと言わんばかりに、悠の瞳をじぃと見る。悠はほぼ同じ身長の怜斗伊を正面から睨んだが、期待に満ちた目に負け、舌打ちしつつも口を開く。


「浅葱翔真と赤里ヨウコは幼馴染だったらしい。小学生の頃に浅葱翔真が引っ越してしばらく会えていなかったが、高校で再会。赤里ヨウコはそれを喜んだが、浅葱翔真は彼女の事を忘れているようだ」

「さっすが柊! よく知ってるなぁ」

 そんな風に褒められても悠は心底、うれしくなさそうだ。


「“編入組”が何かと注目されるのは、お前もよく知ってンだろ。しかもあんな派手な髪色だからな。いやでも情報が入ってくンだよ……」

「あ~なるほどな」

 遠駆学園は中高一貫校だ。高校からの編入組は数が少ないため、なにかと注目の的になる。それゆえ、他の生徒より情報が集めやすいのだ。


「てか、浅葱翔真アイツか? 呪いの下らない手紙を送った犯人」

「さぁな。ま、その犯人も赤里さんに話を聞けば、なんか分かるんじゃねぇの? んで、赤里さんは今どこにいるんだ?」

「……放課後はよく、用務員の手伝いをしているらしい」

「手伝いって?」

「……花壇に水を与えてるって話だ」

「てコトは中庭に行けば会えそうだな。柊、いつもありがとな」

「チッ……」


 常に怜斗伊がほっする情報を持っている自分に、悠は嫌気がさす。それでも笑顔でお礼を言われると、怜斗伊に文句も言えなくなり、その事に余計イラついた悠は小さく舌打ちをした。






 中庭にある、“六時四分”で止まったままの時計の針が、動き出す。


「こんにちは。あかさとヨウコさん?」

「へ? はい、そうっスよ!」


 用務員の手伝いを終え、帰宅しようとしていた黒髪ポニーテールの女子生徒……赤里ヨウコに、はすかさず声をかける。ヨウコは知らない相手から声をかけられた事に少し驚きながらも、特に警戒はしていないようだ。


「はじめまして。ジブンは心霊探偵同好会のです。で、こっちがひいらぎゆう。よろしくね」

「え……えー!!」

 ヨウコの声が中庭に響き渡る。あまりの大声に、怜斗伊は目を丸くし、悠はまゆをひそめる。


「ほんとのほんとに心霊探偵同好会の人なんスか?!」

「うん。てか、依頼してきたのに信じてなかったの?」

 怜斗伊は、悠以外の人と会話する時、物腰柔らかな口調で話す。なんならこっちが素なのだが、悠は怜斗伊のの口調が嫌いなようで、苦々しい表情をしている。


「いや、その、半信半疑というか、ワラにもスガる想いで助けを求めたので……すみません」

「あ~……ま、使用を禁止されてるにアヤシゲな同好会があるなんてウワサ、半信半疑にもなるよね」

 謝るヨウコに、怜斗伊はふわふわした笑顔を向けた。悠は一切、会話に参加する気はないようで、けんにシワを寄せたまま、二人の様子を静観している。


「その、旧校舎を勝手に使って、先生に怒られないんスか……?」

「大丈夫! バレてないから!」

「それって本当に大丈夫なんスか!?」

「うん、だってから」

「へ? それってどういう」

「そんなコトより、依頼の話なんだけどさ。あれ、呪いの手紙じゃないよ」

「え……呪いの手紙じゃ、ないんスか……? 本当に?」


 怜斗伊はこれ以上、話がれないようサラリと本題に入った。まずは手紙に書かれている内容が暗号文である事を伝え、そのあと丁寧に解き方を教える。


「――で、カンパニュラ、ローダンセ、ハッカって言葉が出てくるんだけど……これらに何か心当たりとか――」

「カンパニュラは『思いを告げる』で、ローダンセは『変わらぬ思い』……いや、この場合は『終わりのない友情』の方っスかね。そしてハッカは、『私たちは再び友だちになろう』っス」

「もしかして……それって花言葉?」

「はい! 自分には、祖父母が花屋さんを営んでる幼馴染がいるんスけど、その子がたくさん花の名前と花言葉を覚えてて……。それがかっこいいなと思って、自分も覚えたんスよ。それで時々、花の名前だけ書いた手紙を交換して……花言葉で秘密の文通をしてたんです。でも五年生の時に、その子は引っ越してしまって……やっと再会できたかと思ったら、忘れられていたっス……。だけど、この手紙をくれたってコトは……」

「手紙の送り主がその幼馴染なら赤里さんのコト、ホントは覚えてたんじゃないかな? ちなみにさ、その幼馴染って後ろにいる彼のコト?」

「へ……あ! しょーま!」

「……」


 怜斗伊がヨウコの後ろを指さすと、屋根付きの渡り廊下の柱から様子をうかがっていたあさしょうが顔を出した。彼はヨウコに名前を呼ばれると、観念したように三人に近づいてくる。


「あの“呪いの手紙”ってしょーまが?」

「……あぁ」

「どうして、自分のコト忘れたなんてウソついたんスか?」

「……最近、思い出しただけだ」

「そう、なんスか?」

「いーや、それはウソだな」

 妙な距離感があるヨウコと翔真の会話に痺れを切らした怜斗伊が、二人の間に割って入る。


「あ゛? 嘘じゃねぇよ。そもそも誰だよアンタら」

「心霊探偵同好会の宇津木――」

「名前は聞いてねぇ……って心霊探偵同好会だぁ? それ本気で言って……」

「そんなコトより浅葱くんさ、どうしてこんなまどろっこしいマネしたの?」

「そうっスよ! 最近、思い出したにしても、口で言ってくれたらいいじゃいっスか! 本当に呪いの手紙だと思って、不安になったんスよ……」

「……それは、すまん」

 ヨウコと、なぜか怜斗伊からも詰められ、翔真はタジタジになる。


「浅葱くんさぁ、素直にならないと、何も伝わらないよ?」

「っ……アンタには関係ないだろ!」

「まぁな。だから後は君次第……と言いたいとこだけど、一つだけ忠告」

 怜斗伊はそこで一旦、言葉を止めて、翔真の耳元に顔を寄せ、ニッと笑う。


「久しぶりに会った幼馴染がますます可愛くなってて、面と向かって話すのが気恥ずかしかったんだよね? けど、呪いの手紙なんて子供じみたは今後、やめた方がいいと思うよ?」

 図星を突かれたのか、怜斗伊のセリフに翔真は顔を赤くする。


「はぁ!? そんなんじゃねぇよ!」

「ダッサ……」

 悠はボソッとそれだけ言うと、呆れたようにそっぽを向く。


「あ゛? ケンカ売ってんのか?」

しょーま? 一体どうしたんスか?」

「な、なんでもねぇよ!」

 きょとんするヨウコに対して、翔真は全力で誤魔化す。


「さてと、冗談はこの辺にして。……お節介かもしれないけど、真面目な話、気持ちは伝えれる時に伝えとかないと、後悔するコトになるよ?」

 怜斗伊の本気のトーンに、翔真はさっきと打って変わって、冷静に返答する。


「んなコト……言われなくても分かってるつもりだ」

「それなら良いんだ。ま、頑張れよ、浅葱くん。あと、赤里さん」

「なんスか?」

 怜斗伊は翔真にグッドサインをした後、ヨウコに向き直り、声をかける。


「編入組って少ないし、既に出来上がってるコミュニティーには入りづらいだろうからさ。上手く取り持ってあげてよ」

「なるほど! 自分、そこまで気が回らなかったっス! 了解しましたっス!」

「余計なお世話だ。そもそもオレはヨウコさえいれば……」

「へ?」

「やっぱ今のなし……」

「いやいや、流石になしにはできないっスよ!」

「あーもーうるせぇな!」

「大体、ひどいっス! 最後の手紙に『ワスレナグサ私を忘れないで』って書いてたから、『ネリネまた会う日を楽しみに』って返事したのに! しょーまが忘れたフリするってどういうつもりっスか!?」

「ちょ、その話はやめろ!」


 ヨウコと翔真は完全に自分達だけの世界に入り込んでいるのか、大声でわーわー言い合っている。

 その様子を見て、怜斗伊と悠は顔を見合わせ、『お邪魔虫は退散しますか』と言わんばかりに、そっと二人の元から離れていく。


『が・ん・ば・れ』


 二人から少し離れた場所で怜斗伊は口をパクパクさせて、翔真の背中にエールを送る。


 中庭の時計の針は六時九分を指している。しかし、すぐに六時四分まで戻り、また、動きを止めた。






 次の日の放課後。

 ヨウコとしょうは、心霊探偵同好会の教室の前まで来ていた。


「……本当に入るのか?」

「当たり前っス! 昨日のお礼も言えてないんスから」


 あまり乗り気ではない翔真の事などお構いなしに、ヨウコは教室の扉を二回ノックする。中から返事はないが、ヨウコは元気よく「失礼するっス!」と言いながら、扉を開く。


 教室の中は全体的にほこりっぽく、家具はボロボロのソファーだけだ。

 ヨウコが置いていった“呪いの手紙”と依頼文、そして缶ジュースはそのまま残っており、人の姿はない。


「……」

「……」


 手紙と缶ジュースを回収した後、二人はしばらく無言で教室を眺めていたが、不意にヨウコが重い口を開いた。

「先輩達……本当にここで亡くなったんスね……」

「あぁ……」


 五年前、とおかる学園内で二人の男子生徒が、不慮の事故で亡くなった。その生徒の名前は……ひいらぎゆう


 それを思い出した翔真から話を聞いたヨウコは当時のを調べ、名前と顔写真を見て動揺した。けれど、それでもお礼は伝えたいと、すぐに気持ちを立て直し、今に至る。


しょーま……宇津木先輩と柊先輩の気配は感じるっスか?」

 気配を感じる程度だが、霊感のある翔真に、ヨウコは問いかける。


「その二人かどうかまでは分からない。けど、教室に入る前から、二人分の気配はずっとある」

「そうっスか……」

 翔真の言葉を受け、ヨウコは悲しい気持ちを打ち消すように深呼吸してから、真っすぐ正面を見る。


「依頼、引き受けて下さり、ありがとうございました! 先輩達のおかげでしょーまとまた、昔みたいに話せるようになったっス。本当に、ありがとうございました」


 ヨウコは深々とお辞儀をした後、「さようなら」と小さく呟く。翔真は何も言わなかったが、ヨウコと同じように感謝の気持ちはあるようで、軽く会釈をした。


『できるだけ、ずっと仲良くな?』


 扉を閉める直前、ヨウコと翔真の耳に、そんな言葉が飛び込んできた……気がして、二人は顔を上げる。

「はいっス!」

 気のせいかもしれない。それでも、ヨウコは聞こえてきた声に、返事をせずにはいられなかった。翔真は「うるせぇな」と悪態をつきながらも、少しだけ口角を上げる。


 ヨウコはもう一度、お辞儀してから静かに扉を閉めた。






 遠駆学園の旧校舎には、どのような内容の依頼でも引き受けてくれる、『心霊探偵同好会』がある。

 四階の一番端の教室。そこには、死者でありながらかたくなに霊的なモノを信じないひいらぎゆうと、オカルト好きのの幽霊が住みいている。


 放課後、教室の中をなるべく見ないようにしながら、依頼内容を書いた手紙を開いた状態で、特定の缶ジュースと一緒に置いておく。すると、悠と怜斗伊が生前と同じように、どんな謎でも解き明かしてくれる。


 そして、中庭にある止まったままの時計が動き出す時、彼らは五分間だけ人の前に姿を現す。

 依頼人と、その周辺の人達の背中を押すために。



【呪いの手紙 END】

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