第2話
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてね、カウォル」
姉の遺影を持った母に見送られて家を出る。天気はくもり。少し肌寒い。この時期特有の風のせいだ。北の海から吹いてくるそれは、次の季節への招待状だと、ここらの老人は言う。僕はそう思えない。真夏なのに、太陽が出ているのに、風だけが別の世界からやってきたものみたいに異質に感じる。気持ちが悪い。姉を知るための旅、その始まりにふさわしくない。なんて文句を言ったところで、仕方がない。僕は神様でも何でもないから、自由に気候を変えることはできない。気を取り直して、噴水広場に向かう。村人たちの憩いの場であるそこなら、人が集まる。たくさん花を入れてもらえるだろう。期待に胸を膨らませながら、緩やかな坂道を下る。その途中、お隣に住むエスティー夫妻に会った。だけど、目が合うなり、くるりと背を向けて家に入ってしまった。気を遣われているのかもしれない。気持ちが落ち着くまで、一人にしてあげようって。別にいいのに。
「待ちなさい、カウォルくん」
居心地が悪くなって、足早に立ち去ろうとしたときだった。エスティー夫妻に呼び止められたのは。二人とも、後ろ手に何かを持っている。
「さあ、あちらを向いて。私たちから、あなたのお姉さんへ」
言われるままに後ろを向く。棺のフタが開くような音がして、背中越しに二人の息遣いを感じた。記念すべき最初の花が、今、棺の中に入れられたのだ。
「君のお姉さんには、何度も助けられたよ。この通り、年寄りにはちいとキツい坂だ。買い物帰りで荷物が増えるとな、大変で大変で」
「いつもジレースちゃんに手伝ってもらっていたのよ。ね、あなた」
「そうだ。あの子は嫌な顔一つしない。見返りを求めない。本当、うちの息子とは大違いだ。「車出してやるから、小遣いよこせ」だもんなぁ、あのバカは」
ぶつぶつ言い始めた旦那さんをたしなめながら、奥さんは僕に向き直る。
「ジレースちゃんのご冥福を、心よりお祈りするわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。お二人とも、どうぞご自愛ください」
幸先のいいスタートが切れた。エスティー夫妻と別れた僕は、思わず鼻歌を歌ってしまった。棺はさっきより微かに重くなったのに、僕の足取りは軽かった。
あれから、いたるところで花をもらった。老若男女問わず、様々な人から。旅が進むにつれて、姉が愛されていた証拠が溜まっていく。それが誇らしかった。
「もう、折り返し地点か」
残り半分。この調子で、何事もなくいけばいい。花だけで、花だけで。
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