第5話
翌朝。結局、エイリと並んで砂場で寝た僕は、体のあちこちに砂という砂がまとわりついた状態で目覚めた。頬や服についている分にはまだ可愛い。問題は髪の毛だ。手でわしゃわしゃとかき回しても、全部は取れない。シャワーを浴びたい。どこかで借りられないかと、割と本気で考えた。
「カウォル、まだ? そろそろ行こうよ」
寝癖だらけの髪をくくったエイリが、棺を背負いながら僕を急かす。砂なんてものは気にならないのか、払おうともしない。
「少しは気にしようよ、エイリ」
「何を? それより、早く早く。日が暮れるまでにはゴールしたいんだ」
じゃりじゃりと砂の存在を感じる前髪を撫でつけて、エイリの後を追いかける。ゴールはそう遠くない。僕らの旅の終わりは近い。
どんよりとした雲が空を覆っている。今にも泣き出しそうな空模様だ。一雨降られたら困る。村人が家に入ってしまったら、花をもらえない可能性が高くなる。姉の棺はまだ満たされていない。もっと花がいる。焦りから、自然に早歩きになる。
「待って、カウォル」
「そんなうかうかしてられないよ。花を集めなくちゃ」
「違う違う。君、さっきから呼ばれてるよ」
エイリに腕をつかまれて、振り返る。村人たちが何人か、僕の後ろに並んでいた。
「ジレースさんに花をと思っていたんですが」
「あ、すみません。僕、気がつかなくて」
集まってくれた人たちに頭を下げてから、背を向ける。花が棺に入る度に、いい香りが鼻腔をくすぐる。姉さんは愛されていたんだ。こんなにも……。
「僕も入れたい!」
「こらこら、順番よ」
「私も入れさせてね、カウォルくん」
「はい。ありがとうございます」
花を握りしめた、たくさんの手。手。手。姉さんにも見えているだろうか。
「…………クソッタレ」
急速に熱を失う。体が冷たくなって、指先一つ動かせなくなる。誰だ。誰かが悪意を持って近寄ってきた。花だらけの棺の中に、ナイフを入れようとしている。呼吸が速くなる。誰だ誰だ。やめろ、やめてくれ。なりふり構わず振り向いて、それをつかむ。ナイフだ。花じゃない。一瞬のことで、逃げる村人の顔が見えなかった。僕は一部始終を目撃したはずのエイリに詰め寄る。
「見てただろ」
「見てたって?」
キョトンとした顔のエイリに、無性に腹が立つ。
「誰がナイフを入れてた? 男? 女?」
「分からないよ。すごい人だったし」
絶対、嘘だ!
「どうして見てないんだよ! ちゃんと見ててくれなきゃ!」
「見てたとして、どうするの? 僕が「アイツが入れてたよ」って教えたら、その人に何をする気?」
静かに問いかけられて、口ごもる。何をするって、そんなの。そんなの……。
「ナイフ入れるなんて最低だって、怒る?
「……それは」
怒りが鎮まっていく。水を浴びせられたみたいに、我に返る。
「みんなに愛されなきゃいけないの? みんなに愛されなきゃ可哀想なの?」
「それは、そうだよ。その方が幸せだよ」
「じゃあ、カジュさんは可哀想? 不幸? 僕はそう思わない。」
エイリはきっぱり言うと、僕を真っ直ぐ見つめた。
「カジュさんは可哀想な人じゃないよ。ナイフばっかりだけど。……それ、いらないならもらってあげる」
僕の手から、エイリがナイフを奪う。
「どうして? ……ずっと気になってた。カジュさんの棺にナイフを入れられるの、嫌じゃないの? 自分の大事な人を貶されて、嫌じゃないの?」
自分が死んだ後、もしナイフを入れられたら。考えるだけでゾッとする。恐ろしくて仕方ない。きっと、この村に住む全員が同じように怯えているはず。なのに、エイリは違う。
「全然、気にならないね。だって、花が一本も入らないわけじゃないから。一本入れば、こんなものチャラだよ」
「チャラ?」
「うん。だって、俺からの花だよ? ナイフの量の無限倍の『好き』が、『愛してる』が、『ありがとう』が入るよ」
「無限倍って」
肩の力が抜ける。エイリはすごい。強い。
「僕もそんな風に思えたら」
周りに否定されても、僕自身の気持ちを大事にする。姉を好きな気持ち。姉への感謝。それが不特定多数の誰かから向けられる悪意より、ずっと強いと思えたら。
「俺はカジュさんが大好きだよ。優しくて、頼りになって。自慢だよ、宝だよ。それで良くない?」
笑ったエイリの目に、きらりと光るものが見える。彼も傷ついていないわけじゃないんだ。
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