第4話
「じゃ、コレはもらうね」
花でできた層の下から、少年がナイフを抜き取る。素手で刃先をつかんだせいで、その手が血で濡れる。慌てる僕をよそに、彼は地面に転がっていたものを拾い上げた。上のあたりが凹んでいる。さっき、僕が殴ったやつだ。
「これで何本目だろうね、カジュさん」
「あっ」
棺だ。僕はなんてことを。謝ろうと開いた口が、何も発せずにパクパクと動く。
「あ、あの」
ようやく出た声は、情けないほど小さかった。
「ああ、気にしないで。カジュさん、変わり者だから喜ぶよ。「他にないデザイン!」とか言って」
深刻な面持ちの僕とは違い、彼はこの状況を面白がっていた。ケラケラ笑いながら、凹んだ部分を指で突く。
「カジュさんって、君の……?」
「血は繋がってないんだけどね、家族みたいに大事な人。ここらで一番の変わり者で、俺以外のみーんなから煙たがられてた」
というか、嫌われてた? 棺を振りながら、少年は楽しそうだ。
「これ、ナイフしか入ってないの。めちゃくちゃ重くてさぁ、ガチャガチャうるさいのなんのって」
何てことはなさそうに、彼は言う。もし僕が同じ立場だったら耐えられない。自分にとって大切な人、大好きな人のことを、みんなが嫌っている。その事実を突きつけられて、笑っていられるのはおかしい。
「さ、寝よう寝よう。明日は早く起きて、さっさとゴールまで行っちゃおうぜ」
「……君も一緒に?」
「ダメ? 一人より二人の方が楽しいと思うけど」
正直なところ、僕はちょっぴり嫌だった。助けてくれたことに対しては、感謝している。恩を感じている。この旅が終わったら、何かお礼がしたいと思っていた。だけど、彼とは相入れない。死者に向けられたナイフを、あっさり受け入れてしまうヤツだ。カジュさんのこと、本当に愛しているんだろうか。
「ま、断ってくれていいよ。無理やり着いて行くから」
「それなら、わざわざ聞かなくたって」
「一応ね、一応。形だけ、形だけ。それじゃ、おやすみー」
僕の返事を待たずに、彼は砂場に横になった。
「そこじゃ汚れるよ」
「知ってる」
「……そういえば、名前」
「知ってる。……ん? 名前?」
バッと勢いよく立ち上がる少年。
「自己紹介してなかった!」
今のところ、互いの知っていることといえば、死者の名前だけだ。
「改めまして、俺はエイリ。よろしく」
「僕はカウォル。こちらこそ」
今更の挨拶を交わし、握手する。エイリの手は温かくて柔らかい。まるで赤ん坊みたいな温もりがあった。握っていると安心する。
「カウォルとエイリ、ね。カウォルとエイリ……」
何か気になるのか、エイリは顎に手を当てて首をかしげる。これで、「俺の生き別れの兄弟が、そんな名前だったような」とか言われたらビックリだけど。いや、100パーセントありえないとも言い切れない。ごくりと唾をのんで、続きを待つ。
「カウォル、エイリ、カウォル、エイリ……」
「カウォルとエイリ、カウォルとエイリ……」
気がつけば僕も、エイリと一緒に名前を呟いていた。指折り数えて、それぞれ五回ずつは言ったと思う。
「あっ!」
短く叫んだエイリが、僕を指差す。
「花は香る(カウォル)、ナイフは鋭利(エイリ)!」
「……えーっと?」
「ほら、棺の中身! カウォルのお姉さんは花でいっぱいで、僕のカジュさんはナイフでいっぱい!」
「それは分かるけど」
「花はカウォルし、ナイフはエイリ! いいねぇ、すごくいい!」
よほど気に入ったのか、エイリは歌うように言った。花はカウォルし、ナイフはエイリ。そのフレーズが頭の中をぐるぐる回る。
「これ、僕たちのテーマソングにできそうじゃない?」
ふざけたことを。呆れながらどこかで、それもアリだと思っている自分に苦笑する。
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