嘘か実か
柊
プロローグ
寒く、静かな夜の裏山の頂。
夜にここのベンチに座り、休憩するのは至福の時間だ。
仕事が終わり、一旦家へ帰りシャワーを浴び、着替えてから山を登るのは疲れる。でも、頂上に着いた時の達成感がクセになるのでやめられない。
星が綺麗に見えるのがここの醍醐味だ。特に今日は新月だし、雲ひとつない空だ。星がいつもよりはっきりと見えていて、私のお気に入りの星座、一角獣座もよく見える。
山を見下ろすと下は街明かりでキラキラしている。
しかし、背中を向け、手を伸ばすと木々の中に吸い込まれていきそうなくらいに真っ暗だ。そんな事を考えながら呆けていると暗闇の中から物音がした。
何者かが暗闇を纏いながら近づいている。
それが初めて彼と出逢った時だった。
振り返って見るとスラッとしている私よりも若そうな男が立っている。
黒色のチェスターフィールドコートを着ていて、片手をポケットの中に入れ、物寂しそうな顔で遠くの方を眺めている。その姿は背景の木々と満天の星とで映えていた。
両手には何も持っていない。仕事帰りではなさそうだ。散歩だろうか。
そんなこと考えながら彼のことじっと眺めていると目があったので話しかけて見ようと思った。さっき見た面持ちが気になっていたのだ。しかし、話しかけるにしても初対面の人に何を話しかけたらいいのか分からない。どんなふうに話しかけるかなど色々悩んでいると目の前に少し影がかかったので顔を上げて見ると彼は私の目の横に立っていた。不思議に思い彼の顔を見ていたら、彼は私から視線を逸らし、街を見下ろしながら話しかけてきた。
「山の上から見てみると綺麗ですね。貴方はお散歩中ですか?」
「気分転換で少し人が少ない所で休憩したいなと思って…。」
と返したら、何か嫌な事でもあったのですか?と聞かれてしまった。それは私が聞こうと思っていた事だ。
特に嫌な顔をしていたわけではないし、もちろん嫌な事なんてなかった。思っているとしたら仕事が疲れた事だけだ。でも否定するのは何か失礼かなと思ったから口から出任せで言った。
「実は失恋してしまったのです。」
大学を卒業してから良縁などなく、恋なんて何年もしていない。でもしたくなくてしてないわけではないので憧れも含めて言った。二度と会う事なんてないだろうから嘘をついても大丈夫だと思う。と思っていたら、
「そうだったんですか。少し顔が暗かったもんですから気になってしまって。是
非詳しくそのお話を聞かせてくれませんか?」
と聞かれてしまった。どうしようと思って、
「私の失恋話なんて面白くないですよ。」
と断ってみたが、私が聞いてみたいだけなので大丈夫ですと言われてしまった。そんなことを言われてしまうと断れない。というか断る理由が思いつかない。
多分なんとかなるだろうと思いしぶしぶ承諾した。
「それは有難いです。今日はもう遅いですし、後日詳しく聞きたいので来週の土
曜日の昼過ぎにここへ来てほしいのですが、空いてますか?」
今日は水曜日。会うのは来週の土曜日。時間はたっぷりある。
よし、是非おもしろい話を考えておこうではないか。
「空いてます。是非沢山聞いてください。誰かにこのお話しを聞いて欲しかった
んですよ。聞いてくださるなんて私も有難いです。ではまた、来週の土曜日の
昼過ぎにここでお願いします。」
私は白い息を吐きながら急いで家路についた。
玄関のドアを開け、靴を脱ぎ、お風呂場まで歩いてシャワーを浴び、服を着てキッチンへ直行しカップボードを開け一人用のティーセットを、棚からハーブティーの茶葉を取り出し、ポットにティースプーン一杯分の茶葉を入れ電気ポットで常に沸騰しているお湯を注ぎ、蓋をしてリビングの机まで持っていき、またキッチンに戻りお土産で頂いたクッキーをいくつかお皿にのせ、リビングに戻って椅子に座り深呼吸をする。そしてポットで蒸らしていたお茶をカップに入れ、お茶を一口飲み、クッキーを一口かじる。
そして私はやっと一息つくことができる。
至福の時間2だ。カフェインのあるお茶を飲むと寝にくくなるから基本は次の日が休みの金曜日にやる事が多いのだが、お風呂に入りさっぱりしてからお茶を飲みながらお菓子を食べて、好きな事をするのだ。本を読んだり映画やアニメを観たりする。毎日したいほど最高に幸せな時間だ。特に今日みたいに寒い日は冷えた部屋で湯気のででいる温かいお茶を飲むのは物凄く癒される。温かいお茶が冷えた体の芯を通っていく感じがする。
今日みたいに1日に二種類ともする事は稀だ。でも今日は至福の時間のはずが予想外のことがおきたのだ。至福時間2をやらないなんて選択肢はない。
猶予は10日だ。それまでに面白い作り話を作らなければならない。
嘘か実か 柊 @pe__nuts
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