第3話
「もうやめてあげてくださーい!」
「
「へ?」
私は思わず変な声を出して、キッチンの裏口を見た。そこには髪の毛をひとつにまとめた、清潔そうな美しい女性が立っていた。白いシャツに黒くて長いサロンエプロンを腰に巻いている。
「もう、もう、こんなこと、やめよ? きゅうちゃん」
「でも、それじゃあ……」
「いいのよ! もうこんな真似をしなくても! 私はありのままのあなたが好きなのよ! 」
「でも、でも……」
「どう言うことなんですか? これは一体!?」
「探偵さん、全て私がお話しいたします」
そう言って、由美ちゃんと呼ばれた女性は私のそばまで歩いてきた。まるでモデルのような体格、私は一瞬その美しさに
「この人は、もうお料理ができないんです」
「知っています。だって、ほら、そこのゴミ箱に入っている透明のパック、あれ、コンビニのお弁当ですよね? それも、多分、オムライス」
「その通りです……」
うううと声を漏らしながら、由美ちゃんと呼ばれた美しい女性は涙を流し始めた。すると、キッチンの裏口から、ぞろぞろと他のスタッフらしく人たちも中に入ってきた。
――これは、一体? そうか! わかった!
「このオムライス難事件、皆さんで仕掛けたことだったんですね?」
「いいえ」
「いいえ?!」
「いいえ、皆さんじゃあありません。……わたしが、わたしがひとりで計画したんです……」
「由美ちゃん、なんでそんなことを!?」
「だって! きゅうちゃん、ありのままのあなたが好きだって何回言っても、髪の毛を頑張って毎朝横に流すし! お客さんだって、全然来ないのに、無理してスタッフさんたちをフルバージョンでシフトに入れるし! お客さんが来なかったら材料を仕入れても無駄になるから、提供できるのは……オムライスだけだし……。しかも、コンビニの……。もう、もう、無理なのよ!」
「でも! 由美ちゃんはレストランのシェフと結婚したかったんだろ? 俺が店を辞めたら、由美ちゃんはっ!」
「ばか! もう! きゅうちゃんのばかっ! それは、あなたのことが好きだって何回言っても信じてくれないからそうやって言っただけのことなのよ!」
「だって、そんな……。俺、見た目こんなだし……」
「人は見た目じゃない。心よ! わたしはもうずっと幼稚園の頃からきゅうちゃんが好きだったんだからっ!」
「由美ちゃん……」
二人の間には三メートル以上距離があると言うのに、二人の心の距離はどんどん縮んでいくようだった。
「って、ちょまっ! ごほん、失礼。では、これは、由美さんの起こした事件ってことなんですね?」
「ええ。もうこんな偽物の関係、偽物のお店、わたし、耐えられなかったんです……」
「では、消えたお客様は、今、どこに?」
「ここに」
「ん? ここに?」
「うちのスタッフ、合計八人です」
由美さんの後ろには、確かに男女合計八人がいた。
「わたしがみんなにお願いして、お客様のふりをしてもらったんです。どうせ、今日も予約は入ってないし」
――そういうことかっ!
わたしは全てを理解した。
「なるほど。由美さんが店のスタッフさんにお願いしてお客さんのふりをしてもらい、消えてもないのに、消えたと大騒ぎをして、
「ええ。大騒ぎになって、きゅうちゃんのごまかしの全てを暴いてもらって、わたしは、昔のままの、昔のままの、ありのままのきゅうちゃんと、もう一度やり直したかったんです」
「由美ちゃん……」
「愛してるわ。きゅうちゃん……。もう一度、わたしと最初から、やり直そ……?」
由美さんは味比良シェフの胸に飛び込んで、美しい顔で、味比良シェフを見つめた。味比良シェフは、髪の毛を直しながら、言った。
「オムライスのように、もう君を、一生包んで離さないよ」
こうして、私の初めての事件は無事、解決した。
その後、このレストランは、また誰か他の人が居抜きでお店をオープンしたそうだ。そのレストランのキッチンドアのドアストッパーは、今も光り輝き続けている。
完
名探偵ヒカコあらわる! オムライスの謎 和響 @kazuchiai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます