第40話 愛人じゃない

 現在の勤め先は、叔父である増茂が口を利いてくれたおかげで確保できた。

 実は、あの後前の銀行を辞めるまで他の人にも言い寄られたのだ。揃いも揃って既婚者で、奈々の事を日陰の女扱いしたい連中ばかりだ。ほとほと、前の職場には愛想が尽きた。

 金融機関だけに、真面目でお堅い職場で、そういう人ばかりだと先入観があっただけにがっかりだけれど、これが現実だ。

 職務内容は以前とそんなに変わらない。仕事の出来ない奈々は、雑用をやるだけだけれど、それはそれで、まったく構わなかった。

 退職届が受理された後に、増茂と二人きりでの面談を行っている。

「細野にまでセクハラされたそうで、災難だったな。その・・・叔父でありながら今まで姪の君のことを放ったらかしにして申し訳なかったと思ってる。」

「それは、叔父さんもご存じなかったのだから仕方なのないことだと思いますし。」

「いや、事故の後に君と義姉さんがどうしているかはずっと気になっていたんだが、他の親類の手前、表立って動くわけには行かなかったんでね。兄さんは、父さんと母さんの反対を押し切ったから。」

「どうして、父の両親は・・・そんな反対したんでしょう?」

 増茂は、なんとも複雑な表情をした後苦笑いをした。

「その、両親がすすめていた縁談を断って、義姉さんを選んだのが気に入らなかったらしくて。・・・その、自分の両親はちょっと頑固なところが有ってね。中々難しいんだよ。」

 奈々は首を傾げるしか無い。顔を見たこともないし、話を聞くのもこれがはじめての、父方の両親のことだ。判断のしようもなかった。

 後で知ったが、叔父の増茂も両親に反対されて縁談が流れ、結局現在も独身なのだそうだ。

 理由は違えど、親のせいで縁に恵まれたなかったことが共通する叔父と姪は、妙に馬が有う気がする。それに、何より彼は奈々にとって恩人だ。

 気付けば、両親が事故に遭ってからの大変だった事の全てを、叔父にぶちまけて喋ってしまっていた。友人にも、ここまでぶっちゃけて言えたことはなかった。勿論、母親にさえとても言えなかったのだから。

「今後もし、細野みたいな奴が現れたら、全部俺に言ってくれな。全力で排除するから。その、今まで出来なかった分、頼りにしてくれ。」

「ありがとう、ございます。」

 叔父の心の籠もった言葉をきいて、奈々は久しぶりに信用してもいいかも、と思えた。  


 既婚者キラーなどという不名誉なあだ名までついてしまったけれど、奈々はもう、それを気にすることもない。勿論、転職後も奈々に言い寄る既婚者は跡を絶たなかったけれど、何かあればすぐに叔父が助けてくれると思えば、それほど悔しくもなくなっていった。

 転職して一年後に、前の銀行の知り合いだった西山由香里から、例の加東が離婚して銀行を退職したと言う情報を聞かされた。奈々が退職するときから、もう加東は妻に愛想を尽かされることを予期していたのかも知れない。だから、奈々が今の職場を得られた理由を知りたがったのかも知れない。まあ、知ったことではないが。

 奈々に粉をかけるけしからん既婚者の男のお茶に、毒でも入れてやろうかと毒づきながらも、なんとか勤めを続けていられる。

 愛人体質だと思われがちだけれど、奈々は一度だって愛人だったことはないのだから。


 

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愛人体質をやめたい。 ちわみろく @s470809b

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