第39話 男性不信
その三十分後にひょっこりやってきたのは、有咲だった。
「・・・久しぶり。」
ちょっと気まずそうにそういう有咲は、片手にケーキの箱を持っている。
玄関へ出てきた奈々の背後に現れた母の千鶴子が、
「いらっしゃい。どうぞ上がって。」
愛想よくそう言った。それに答えた有咲が会釈して答える。
「おじゃまします。」
奈々が母親と会話する友人を思わず二度見する。
まるで元々知り合いだったかのように、有咲を自宅へ招き入れる母親の車椅子の背中を、呆然と見つめるしか無かった。
リビングで向かい合った有咲は、改まったように姿勢を正して奈々に頭を下げた。
「奈々に迷惑を掛けたことは、本当に申し訳ないと思ってる。本当に、ごめん。」
もともとそれほど恨んでいたわけでもない奈々は、真摯に謝ってくれる有咲の姿を見て、すぐに表情をやわらげた。
「うん、まあ、有咲の気持ちがわからないわけじゃないから。もう、いいよ。」
最初こそ気まずかった友人同士だが、元々は長い付き合いの友人同士だ。すぐに元のように言いたいことを言える会話に切り替わった。
現在の勤め先を辞めることになったと話した奈々に、有咲がもう一度謝罪を述べると、奈々はため息と共に答えた。
「いいんだよ。次の就職先がもう見つかってるから。別に未練とかないし。正直、色々あった今の職場にいるのは、本当辛いから。さっさと辞めたい。」
「色々って、加東さんの件・・・?」
「まあ、発端はそれだけど、その後にも嫌なことあってね。ほんと、もう懲り懲りだよ。なんだかなぁ・・・。わたしは、男の人って、本当に信用できない。まあ、もともと一生結婚なんかするつもりもないから、そこは別にいいんだけどね。」
呆れたような声で本音を洩らす娘を、傍らの母親が、少し悲しそうな視線で見つめている。
そして有咲が、奈々の母親の顔と、奈々の顔を交互に見る。
母親の千鶴子は、娘がそんなふうに言うことが悲しくてしょうがないのだろう。結婚を諦める理由が、自分のせいだと思っているからだ。
男性不審に陥っている奈々は、むしろそれを幸いとさえ思っているふしがある。信用する必要もないのだと、開き直っている。だって、男性不信の原因は、別に母親ではないのだから。
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