第38話 そういう女

 奈々は何も悪くないのに、どうしてあんなふうに思われなければいけないのか。あんな言葉をかけられなくてはいけないのか。

 一度だって自分から頼んだことなど無い。加東が勝手に声を掛けてきたのだ。彼の奥さんが文句を言ったとしても、奈々にはなんの罪もない。付き合っていたのは自分じゃないのに。加東は、そこまで妻に告げなかったということなのだろう。本当に付き合っていたのは有咲なのに、不倫の罪を奈々に覆い被せて。

 友人の有咲からはあれから何も言ってこない。有咲が自分の実家へ足を運んでいるなんてまったく知らなかったから、薄情な奴だと思わざるを得なかった。かといって、自分から友人に文句を付ける勇気もない。

 わかってる。誰だって自分がかわいいものだ。あんなヤバそうな奥さんがいると知れば、表立って相手なんかしたくない。有咲が逃げ出すのはもっともだ。もっともだけれど、だからと言って、これでいいのか。

 悔しくて悲しくて、情けなくて。

 誰にも見られない場所で、泣いた。

 応接室から僅かに漏れる嗚咽を、由香里だけが聞いていた。加東と揉めたのかと思った由香里が、事情を尋ねようと追いかけてきたからだ。

 そして、かける言葉が見つからなかった。


 

 3日ほど有給休暇を貰って、自宅に引きこもった。

「奈々、元気がないじゃない。どうしたの?今日お仕事はどうしたの?」

 心配した母が声をかける。

 朝食を取った後、どこへいくでもなくダイニングでぼんやりと椅子に座り込んでいる娘の姿が不審だったのだろう。

 いつもならば介助ヘルパーの柴田さんが来る時間だが、奈々が休暇を取ったので断った。臨時休業と言う奴だ。突然だったので、彼女にも有給休暇を差し上げたい。

 パジャマ姿のままでコーヒーを啜っていた奈々は、力なく笑った。

「転職するから・・・今の会社の有休を消化しなくちゃいけないの。それで休んだのよ。」

「まあ。せっかくのお休みなんだから、お友達と遊びに行ったらどう?」

「わたしが休みだから、柴田さん来ないよ。」

 介助してくれる誰かがいなければ、奈々の母親は生活が成り立たない。

 車椅子の上で、少しの間考え込んだ千鶴子は、軽く手を打った。

「奈々が出かけられないなら、お友達に来てもらえばいいじゃない。ちょっといい出前でも取って、ご馳走しましょうよ。」

「こんな平日の昼日中、暇な友達なんかいないよ。」

 奈々の同級生は、みんな働いている時間帯だ。稀に、平日休みの仕事の人もいるが、そういう人は平日休みのスケジュールが詰まっている。突然誘って、その日のうちに来てくれたりはしない。 


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