第7話 空の人

 どうしようかと悩んでいるうちに槍を持った男が3人暖簾をくぐって来る。しかしその誰もが140cm未満の小さな男たちだった。はじめは子供かと思ったが、顔つきは子供ではなくこれが大人なのだということが分かった。

 3人の男は一言も発さず、こちらに向けて針を向けながらベッドの手前で立ち止まる。槍の先端は鋭く、俺をグサッと刺すのは容易そうだ。


(槍の黒さから見ると鉄器だ。鉄器文化はあるんだな)


 寝起きということもあり槍を見た感想はそんな暢気なものだった。

 両手を挙げて降参というのも地球の文化なので、とりあえずベッドの上に寝た動かずに様子を見ることにした。

 男のうちの一人は他二人の目を合わせようと落ち着きが無かったり、もう一人は顔を大きく包帯のような布で目と鼻の孔と口が出るように巻いていた。恐らく、普段槍を持たない生活を送っているのだろう。

 だが、中央にいるこの二人よりも体格がいい男は手慣れた雰囲気がある。恐らく普段から狩りをしているのだろう。

 念のため手元の高周波ナイフを見ようとハンドターミナルを見たが、高周波ナイフはなかった。恐らくイノシシのような生物と対峙した際に落としたままなのだろう。他に戦えそうな武器は無い。アンテナで戦うってのはあまりに無茶が過ぎる。


 そうやってどう対応するか見ていると、暖簾から男が一人入ってきた。男は他の男たちの麻布の服と異なり、少ししっかりとしたあまり見覚えのない頑丈そうなつるつるとした素材の服をしていた。地球では俺は直接見たことが無いのだが、恐らくあれは皮で作られたものではないかと思う。他にも頭や首周りに石や金属などを使った装飾品があり、恐らくこの人がこの村の一番の権力者なのだろうということが見て取れた。

 その男はこちらを見て何か言葉を発した。すると男たちがこちらに向いていた槍を下げて、杖の様に地面に槍の尻を立てた。

 男はこちらに近寄ってベッドの横まで来る。近寄って初めて分かったが、他の男たちよりも少しだけ年を取っているようだ。長老といったところだろうか。

 そう男を見つめていると何かを喋りはじめた。


【既知の部分を翻訳します。翻訳不可の部分はその旨を通知します】

『初めに、私、感謝する、あなた、助ける』


クレードルがそう補助してくる。かなり意味を察しにくいが、恐らく少女を助けたことを話しているのだろう。


「いえ、少女が危ないのを放置できませんでした」


そう言うとハンドターミナルから音声が発せられる。

腕から声が出てきたことに驚いているようだ。すると何かまた男が何かを3人の男に向かって何かを言う。


『人、空、祈る』


 祈る?どういうことだ?そう考えをめぐらすと男たちは両膝をつき、顔を伏せるようにしたまま左手を腰の後ろに持って行った。

 何をしているのかされているのか、さっぱりわからない。


【村の中でも多数この祈る行為が見られました。宗教儀礼と思われます。他の事例の場合、空に対して同様の儀礼が見られました。しかし、同様の発言や動きがトウヤに対して行われています】


 空から落ちてきたってことがばれているのか?墜落なんてすさまじく大きい音がするので仕方が無い話だ。でもその割に一番最初に墜落現場を見に来たのはあの少女だったわけだが……。

 そう考えていると祈りが終わったのか、立ち上がり話を始めた。


『私、村、導く人。名前、翻訳不能、子供、タレジュ』


タレジュってのがこの人の名前か?


「あ、私はカタギリ・トウヤといいます」


伝わったのかはよくわからないが、長老は右手を胸の前に持ってきて軽く握った。

【これは肯定を指す文化のようです。否定の際には手を開くようです。】


『なぜ、人、空、翻訳不能、森、来る。人、空、この後すべて翻訳不能』


 なんでお前がこの村に来たのか、という話だろうか?正直に答えても理解されないよな…。


「事故で空から来てしまいました」


クレードルが翻訳してくれる。男たちは初めての時ほど驚かずに翻訳を聞いているようだ。


『空、人、否定、翻訳不能、あなた、可能、翻訳不能』


何を言ってるのかがわからない……。質問では無い様だが、何かを説明しているのか?


「クレードル、翻訳不能語の意味を確認してくれ」


そう言うとクレードルだけが何かを喋り始める。5~6回やり取りした後クレードルが再度翻訳してくれる。


【会話により文法が多少判明したため、精度が上がりました。先ほどの言葉を再翻訳します。空の人が怒っていないのであれば、あなたは村に滞在できます】


かなり滑らかな文章になった。空の人って俺のことか。


「私は怒っていません。今村に滞在の予定はないので、可能であれば帰りたい」


【私は理解しました。今は夜ですので、あなたは朝になってから帰るのがよいです】


「私は貴方に感謝します」


……なんか口調が移ってしまった。そう言うと長老はゆっくりとベッドから離れ、暖簾の方へ向かう。


【夜が、翻訳不能、なので、細かい話は明日の朝の後にします】


「ありがとうございます」


長老は胸の前にに右手を握って左手でそれを軽く握りながら軽くお辞儀のようなことをして、そのまま兵士を引き連れて帰っていった。他の兵士も同じ動きしてたから、挨拶みたいなもんだろうか。


「はぁ…」

大きく息を吐いて胸をなでおろす。話が非常に穏当に済んで何よりだ…

しかし、トントン拍子に話が進み過ぎではないだろうか?そもそもなぜか祈られていたり、不自然な点があった。


【翻訳精度が上がりましたので、通訳システムとして今後は通知なしでニュアンスを含めて翻訳します。また、翻訳精度向上の結果、先ほどの文章で話されていた言葉が判明しました。そのうち言葉の中に不審な言葉があります】

「不審な言葉?なんだそれは」

【なぜ空の人は死の森から来たのですか、空の人は危なくはないのですか、と質問されていました】


死の森……?俺が居たあの森のことだろうか?


そう考えていたところ、先ほどの少女が戻ってきた。先ほどまではセミロングの茶髪が肩にかかるほどになっていたが、今は頭の後ろを赤色の綺麗な紐で結んでポニーテールのようにしている。


『おじいさん、やっぱり空の人だったんだね。体は大丈夫?』

「ああ、体は今のところ大丈夫だよ。あと、お兄さんね」

『あのお家が落ちてきちゃったの?翻訳不能、に怒られたの?』


普通の部分は元の声質を再現して翻訳してくれるのだが、翻訳不能の部分だけクレードルの音声に戻る。すごい違和感がある。


「お家が落ちて壊れちゃったんだ。あと誰に怒られたって?」

『翻訳不能、は、翻訳不能、だよ』


何のことだ?そう首をかしげていると少女が走って行って、先ほど触っていた棚から本を取り出した。本は紙の束を紐でまとめたものであり、何十年も経過しているように色あせている。しかし、端の方は擦り切れるようになっているのに中央の方はきれいになっており、大切に何度も読まれていることがわかる。

えーとね、と言いながら少女はその本をめくっていく。本には多くの絵が書かれており、絵本なのだということがわかる。


『ここ!ここにいるのがね、翻訳不能、なの。ここのところを読んであげるね!』


そういってこちらに本を見せながら文章のところを読み上げ始める。


『翻訳不能、は空から僕たちを導いてくれます。翻訳不能、は正しく素晴らしい人間を地上から空の町に引き上げてくれます。この空の人達が地上の人をより正しく素晴らしい、空の人になるために助けてくれるのです』


あぁ、神話あたりを書いた絵本か。確かに空から落ちたって言ったら神様に怒られたのかと思うよな。

「神様には怒られてないよ」

『そっか。それじゃ空の町に帰らないとね』

「うーん、そうだね。お空に帰りたいね」

『空の町に行くんなら、光の柱だね。この近くの光の柱はかなり向こうの方にあるよ、カルカミスの街の近く!』


カルカミスってのがよくわからないが、クマル曰く街らしい。というか、神話なのにやけに具体的だな。神殿のことだとは思うが……少し違和感がある。

そこで確認の為にちょっと質問してみた。


「空の町って君は行ったことある?」

「クマル!私はタレジュの娘のクマルです!あなたは?」


タレジュってさっきの長老だ。長老の娘だったんだな、この子は。


「うん、クマル、僕はトウヤって言うんだ、よろしくね。それでクマルは空の町に行ったことあるの?」


胸に右手のひらを押し付けながらクマルは話を続ける。これは否定の意味だったよな。


「でも、おじいさんは空の町に昔居たんだよ。でも神様に怒られて降りてきちゃったんだ」



……なるほど。おじいさんのほら吹きでなければ、"空の町は実在する"。

つまり、"神様も実在する"わけだ。




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虚数域

※オリジナル設定

物質的な虚数の証明に2109年に成功した。

反物質とは全く異なるものであり、情報的な空間のことである。

不安定なものであり、空間として存在するという情報を流してやることによって空間の証明を行うことができる。だが、虚数域を安定させるための証明装置は大量の電力を要求し、熱を発するという課題がある。

はじめは物質を虚数域に収めることはその空間の照明が難しいことから実現不能と言われていたが、ハイパースペースとして後年実現された。



固有波動数

※オリジナル設定

虚数域の存在は物体と同じく固有振動数が存在し、同じ固有振動数の虚数波を受け取った時に共鳴を行う。

大きな影響は及ぼさないが、若干虚数域の持つエネルギー量が増える事、及びその波形を使用して通信を行うことが可能。

これを虚数波通信と呼ぶ。固有振動数を使うため、1対1通信を原則としているが虚数波の観測は可能であるため盗聴が可能。

そのため現在はあまり使用されておらず全体への通信を行う時に使用されることが多い。

虚数量子鍵を使用した虚数暗号を虚数波に適用した通信が一般的だが、解読の際の鍵のやり取りにに一定量の通信を必要とすることが難点であった。トウヤ達の船である【テトラ】は通信距離とかかる時間の関係上、お互いが最初から鍵を持ち、復号できることを前提とした秘密虚数量子鍵方式を使用している。

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遥かな空を目指して はなな @Genka232

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