B面 僕たちはゆっくりと恋していく……
「――お父さん、ラジカセを借りるよ」
「構わないけど何に使うんだ?」
「ごめん、話したら効き目がなくなるから」
部屋に戻り、机の上にラジカセを置く。傍らの交換日記にそっと手を触れた。あの日、学校をさぼって急に病院に行ったのか? その時は分からなかった、でも今ならはっきり理解出来る。お見舞いに行かなかったら、あの日の通学路、横断歩道で、僕は信号無視の車にはねられて亡くなる運命だった。彼女は自分の心と引き換えに、命がけで僕を救ってくれた。僕は決心した。運命なんかに負けるか。あの頃の柚希ともう一度会いたい、伝えたい言葉があるんだ。
何度でも巻き戻してやる!!
*******
「……二宮柚希さんの病室に伺っても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、今日も安静にされてますから」
ナースステーションの前で、この会話を何度繰り返しただろう。目を覚ました、と言われるのを期待する日々が続いた。
もう嫌だ!! こんな気持ち。身体はあるのに心をなくした柚希。もし目を覚ましても僕の事は忘れている。そして、いつ最悪になってもおかしくない状況だ。
だから僕は最後の賭けに出る!!
リュックから片耳イヤフォンとカセットプレーヤーを取り出した。柚希が日記にかけてくれた、おまじないのお返しをするんだ。
――恋という魔法をあの曲にのせて。
*******
「――ねえ、宣人くん、良く覚えていないんだけど、柚希が入院していた時、何度もお見舞いに来てくれたの?お母さん、目を覚ました私に何も教えてくれないし。あれっ、何で笑うの、真剣に聞いているのに!!」
赤いベンチに腰掛ける、背が伸びた彼女は以前より顔が近くに見えた。僕は柚希の怒った顔も好きだ、直接本人には言えないけど。
でも笑顔はその何倍も好きだよ……。
「柚希、怒らないで、これをあげるから」
「……何これ、ご機嫌取りなの?」
「包みを開けてみて」
「新しい交換日記だ、宣人くんが用意してくれたの!?」
「プレゼントはまだあるよ」
「カセットテープ? 前のと曲が違うの」
「A
「ありがとう、とっても嬉しい。日曜日を楽しみにしてるね!!」
そして僕たちは、いつものように片耳のイヤフォンを装着する。流れ出すのは、彼女を助けた三曲目のラブソング。病室で聴かせた物には、恋の告白を曲の合間に吹き込んでおいた。
今はまだ早いから、本当の告白はとっておくよ。
君が守ってくれた僕の未来に。
――柚希、僕たちはゆっくりと恋をしていこう。
カセットテープで恋をして……。君と僕をつなぐ片耳のイヤフォンに流れる恋の歌 kazuchi @kazuchi
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